ある親子の日常4
ある世界の藤丸立香は、一部のサーヴァント達と共にカルデアを去った後日本で開業医となった。
今回は、開業医としての立香がどういう生活をしているか見ていくことにしよう。
───
・パターン1
「おとーさん、なんか熱っぽい…」
ある日の朝、息子のウルリッヒ・フォン・藤丸が発熱を訴えてきた。
「ちょっと見せて。…本当だ、すぐ薬を持ってくるよ。イリヤ、布団とか冷えピタとかお願い。ウルの熱測るのも忘れないで!」
「うん。…もー、昨日の雪合戦ではしゃぐからだよ?」
「ごめんなさいママ……でもこの辺りで雪って珍しいから…」
「確かにそうだね。でも、ママもおとーさんも上着はちゃんと着ようって言ったでしょ? 今度からは気をつけてね?」
「うん…」
昨日は珍しく雪が降っていた。そのためウルは、ウルスラ、陽美香、夏美、冬華といった腹違いのきょうだい達と一緒に雪合戦をして遊んでいたのだ。
しかし、元々冬が好きで防寒もしっかりしていたウルスラと違い、ウルは陽美香達と比較しても尚軽装と言える出で立ちで雪合戦をしていた。立香達も上着を着るように言ってはいたのだが、暖簾に腕押しだった。で、この始末である。
「薬持ってきたよイリヤー」
「ありが……あれ? これ、市販薬じゃない…」
立香が持ってきた薬の包装には、解熱剤の一種であるカロナールの文字があった。…家に常備してある物ではないため、これは市販薬ではない。つまりこれは診療所の方から持ってきたものということに…。
「おいおい、オレは医者だよ?」
軽く返す立香。某ナッ◯のアニメ作品を思い起こす台詞なのは気のせいだろうか?
「そう言われるとなんだか不安になってくるからやめて…。…それより、診療所の薬を勝手に使っても良いの? いくら医者でも法律とか…」
「まあ無診察診療でアウトだけど、うちは元々グレーな仕事も請け負ってるし今更でしょ」
「駄目だよ! カロナールは今すぐ戻して、常備してる市販薬持ってきて!」
いくら我が子のためでも、その我が子の前で犯罪行為をさせる訳にはいかない。イリヤは強めの口調でビシッと言った。
それを聞いた立香は流石に不味いと思ったのか、「ちぇー」とぶーたれながらもカロナールを持って引き返していったのだった。
「危なかった…」
「おとーさん、たまに洒落にならないことするよね…」
───
・パターン2
「えー、診断の結果ですが……急性胃炎ですね」
「え、食中毒とかではなく…?」
「はい。太田さん、最近辛いものを暴飲暴食しませんでしたか? 原因はそれです」
「あ……二日前はキムチ鍋食べました。三日前はビーフステーキ200gを……もしかしてそれですか!?」
「はい。辛いものを連続して食べたり、食べ物を良く噛まずに飲み込むと胃腸に負担がかかるんです。お薬出しておきますから、バランスの良い食生活を心がけつつ服用してください」
「ありがとうございます…」
「…あ、それと太田さん。今日は本当に体調不良でしたから良いですけど、イリヤ目当てで健康なのに来院するのはやめましょうね? なんならウチで働くことを勧めますので。事務とかどうです?」
「ブッ…!? す、すみません…」
『細木さん、でしたか。当診療所は初めてでしたねー?』
「はい、そうですが…」
『ふふ、では細木さんに耳寄りなお話を。この契約書にサインしていただければ、その痛風を格安で治療いたしま……あだっ』
「こらルビー、実験台確保しようとするのはやめなさい」
『ちぇー』
「お薬はちゃんとしたものを出しておきますので、ルビーの言葉は真に受けないでください。彼女いつもこうなんですよ」
「は、はぁ…?」
「…これから一週間のうちに、あなたに大きな幸運と小さな不幸がやってくるかもしれません。具体的には、仕事の成功と鳥の糞の直撃です」
「ええ…? 反応に困りますよ美遊さん…」
「まあ、わたしの占いはあくまで気休め。期待も不安も程々にしてくれると助かります」
「そうは言うけど、美遊さんの占いって当たるからなぁ…」
『───立香様、美遊様の本業が診療所お付きの占い師となっているのですが…』
「不定期だし大丈夫だって。あくまで息抜きみたいなものだから」
「…で、今回はどことやりあったんです新所長? まだマリスビリー・アニムスフィア絡みのあれこれで因縁つけてくる魔術師がいるんですか?」
「いや、違うからな藤丸? これは我ら新たなカルデアが、閉館した旧カルデアと違うところをアピールするためのデモンストレーションの失敗で…」
「喧嘩の傷を転んだ擦り傷って言い張る不良ですか。右手は複雑骨折、腹部や左足に深達性Ⅱ度の火傷と裂傷、魔術的にも呪詛をかけられて生死の境を彷徨ったなんて、何があったんですか。司令官が前線に出てるとか、ちょっと人材不足が過ぎるのでは?」
「あー、それはだな…」
「部外者なんで深くは聞きませんけど、ホント焦ったんですからね? 腹部にガラス片刺さって腸の一部傷つけてたし、解呪と手術の並行作業にどれだけ手間がかかったか…。…特別サービスで治療費は安くしときますから、これに懲りたら見切り発車で敵を殴り返すのは控えてください。後、徹夜で助手やってくれたクロ達にも例を言うように」
「…すまん、恩に着る。貴様も疲れただろう、ゆっくり休むと良い」
「そうさせてもらいますよ。……」
「? どうした?」
「……。…マシュは、どうしてます?」
「…無論、元気にやっているとも。…ただ、貴様には戻ってきてほしそうだった」
「───。…それならマシュも来てくれれば良かったのに」
「カルデアには思い入れがあるからな、キリエライトは。離れ難かったのだろう」
「分かってますよ。…オレ達とマシュ達の征く道は違う。十字とXが似て非なるものであるように、オレと彼女の道が完全な形で交わることはもうない」
「……」
「でも、オレはマシュの自立を喜びたいですよ。マシュはもう、オレなんかいなくても立派にやっていける。オレは、それを嬉しく思いたい。思わなきゃいけないんだ」
「そうか。……。…その旨、伝えておく」
「…ま、それを果たすにはまず療養からですけどねー」
「うぐ…」
───
・パターン3
ある日の夜。立香はクロに問いかけた。
「クロー」
「なぁにー?」
「ここ数日やってくる患者さん達が訴えてるやつさ、普通の食中毒じゃなくない?」
「どう考えてもそうでしょ? 患者さんのあの様子見て「これは普通の食中毒ですー」みたいな診断下す医者は医者じゃないわ」
珍しくキツいことをいう奥さんである。まあ、違法薬物でも使ったかのような患者の暴走っぷりを見ればそういう反応も理解できなくはない。
そう、ここ数日来院してくる患者は皆一様におかしな症状を訴えていた。食中毒らしいのだが、貧血のような症状を訴える者もいれば、発狂したかのように暴れて鎮静剤を打たなければならなくなる者までいた。これは普通ではない。
「だよねー……一体何が起こってるんだ?」
「とにかく、入院した患者さんに発症前後の話を聞いてみましょうよ。何か共通点があればそれが原因よ」
「そうだね、じゃあ行ってみようか」
───場所は代わり、診療所の病室。
「山田さん、具合はどうですか?」
「昨日よりはマシになりました、ありがとうございます」
「良かったです。これなら退院もすぐ…」
「これで今度こそ空を飛べるかも?」
「全然大丈夫じゃなかった……クロ、鎮静剤持ってきて。また暴れられたら速攻で打つから」
「分かったわ」
「はは、ジョークですよジョーク。そんなに身構えないでください」
「この状況で良く言えますね!? ジョース◯ー家の爺さんですか! …はあ、心臓に悪いからやめてください」
「なんかすみません…」
まあ立香としても、この前と違い目の焦点が合ってたのでそこまで深刻だとは思ってなかったが。それでも心臓に悪いものは悪い。
「えー、こほん。では本題に入りますが……山田さん、体調不良になる前の行動をもう少し詳しくお聞きしたいんですが、構いませんか?」
「良いですよ。これ、私も普通の食中毒じゃないなって思ってたので…」
そうして聞き込みを開始してから数時間後、立香達は得られた情報を纏めていた。
「ここに入院している患者さん七人は共通して、新しくオープンしたパン屋のパンを食べていた。聞くところによると大きな病院に搬送された人の中にもそういう人がいたらしい。つまりこれが原因ってことだけど…。…見た目は悪くないな」
「食べて確かめるとか言わないでよ?」
「言わないよ! ちゃんと顕微鏡とかで調べるって!」
立香とクロの手元には、症状が軽めだったためになんとか退院した患者が提供してくれた、問題のパンがあった。ライ麦パンで見た目はかなり良い。腐っていたという線はまあないだろう。そもそも食中毒の症状にしては変だったので、腐っていようが関係なく調べるつもりなのだが。
「何だこの菌…? ───あれ、これもしかして麦角菌じゃないか!?」
「ええっと…。……。…あ、あったわ。イネ科の植物に寄生する菌類ね。神経系への悪影響と……循環器系の収縮で精神異常や手足の壊死を起こす? …幸い、うちに壊死してる患者さんはいないけど…」
「ああ、精神異常はドンピシャだ。件のパン屋は早めに調べた方が良いな。警察に通報しよう」
その後程なくして、パン屋の店主は警察に連行された。彼は罪を概ね認めたものの、仕入れ業者のことに関してだけはお茶を濁す回答ばかりを行っていた。
…偶然その情報を入手した立香達は、パン屋の店主が業者に買収されていると踏んだ。パン屋の店主が根負けする頃には、業者など影も形も無くなっているに違いない。…ならば先手を打つまでだ。
───そして、某所の倉庫。
「社長、例のパン屋にガサ入れが入ったそうです。多分俺ら、足ついちゃってますよ?」
「なあに、今回の名義が使えなくなっただけだ。次の名義を考えれば……っ!?」
業者とその関係者の周囲に、突然剣が突き立った。それはまるで牢屋のように業者達を取り囲んでいる。
「…ほら、やっぱり業者の方は雲隠れしようとした。…逃げようとしても無駄だぞ。ここの警備員は全員昏倒させたし、貴方達は完全に包囲されているからな」
暗がりから、白と蒼のアーマーを纏い、Xマークを刻んだカイトシールドのような装備を携行する男が現れた。…立香だ。
「金儲けとしてはだいぶ狡い手使ってくれちゃって……それももう終わりよ」
黒に赤い裏地のマントを纏い、細身の双剣二刀流で武装した褐色の美女……クロがそれに続く。二人の腰から伸びる蒼と赤のマントは、まさしく対の輝きと言えた。
《リツカお兄ちゃん、こっちは包囲オッケーだよ。でもカーマさんみたく分裂するのは疲れるー…》
「ありがとうイリヤ。美遊も配置に着いてるね?」
《うん。イリヤのサポートは任せて。業者が魔術使いを雇っていようと指一本触れさせないから》
外には万が一に備えてイリヤと美遊を待機させている。…業者にとっては詰み同然だ。最早逃げることはできない。
「ミユったら頼もしいわねー。…じゃ、サビ残はそろそろ終わらせましょっか。ふん縛って暗示かけて通報!」
「そうだね。……。…逃がすか!」
立香がシールドを構えて四つのカーソルを展開・射出する。それらは逃げ出そうとした業者のトップらしき男をロックオンし、立香がシールド先端から放つ四本のレーザーの導となった。立香は逃走の動きを事前に察知していたのだ。
「がはぁっ…!?」
「出力は落としたから、スタンガンくらいのダメージで済んでるはずだ。…じゃ、クロ。オレは魔術とか不得意だからお願い。オレ達が来た記憶だけ消しといて」
「はいはーい」
(…オレ、せっかく医者になったのにな。まあ、殺さずに済んでるだけマシか)
そうしてがっくりと肩を落としたのが数日前のこと。
「それにしても、とんだパン屋がいたものね」
「全くだよ。患者さん、パンにトラウマが出来なきゃ良いけど」
二人して自家製の食パンを齧りつつ駄弁る。そんなこんなで、日常は続いていくのだった。