ある粛清前の話

ある粛清前の話


「はあ、そうですか」


 芹沢鴨を粛清する。そう告げた時、「彼」はいつも通り呑気な笑みを浮かべたままそれだけ言った。


「なにか、思うことはないのかい?」


 そういう人間なのは知っている。だがあまりにも変わらない彼の様子を訝しみ、山南はそう聞いた。

 しかし彼は表情も声音も変えず、何でも無いことかのように言葉を発する。


「いえ、別に。芹沢さんの無法ぶりから言って残念でもないし当然というか───」


 ───そのうち殺さなきゃ、って思ってましたから。


 その言葉を聞いた時、山南も、隣にる土方でさえも絶句した。

 そのうち「殺される」だろう、と言うのならば分かる。少し目端が利く人間なら芹沢の末路は見えるものだ。

 そのうち「死ぬ」だろう、と言うのも分かる。恨みを買い、上から睨まれているのだ。それがすぐ近くにあるのだと思うことは自然だ。

 あるいは粛清の対象となり、自分に役目が回ってくるのを予測していたのならば納得出来る。

 新見錦の切腹とその実態、そして彼の剣士としての実力を思えばそれは自然な予測と言える。

 しかし彼は「殺す」気でいたのだ。それも、自発的に。


「筆頭局長なんで勝手に殺るわけにもいかないのでどうしようかと悩んでたんで、助かります」


 こちらの様子に気付いていないのか。それとも気にしていないのか。

 彼は平然とした様子で言葉を続け、頭を下げてみせた。


「で、今すぐですか?芹沢さん相手となると少し人数が欲しいんですけども。一対一ならともかく、平山さんなんかに邪魔されたらちょっとまずいので」

「場所と日時はこっちで決める。後々連絡するから勝手に動くんじゃねえぞ」

「はい、分かりました」


 土方の言葉に素直に頷く彼を見て、山南は内心で震えを止めることが出来なかった。

 ────彼は、この「化物」はいったいなんなのだ。

 一応程度に佐幕の思いはあるようだが、それは本当に「一応」程度のものだ。

 彼に思想はない。土方の様に武士道への拘りもない。むしろそれらに拘る人間を馬鹿にしている。少なくとも山南にはそう見えている。

 そして拘りがないゆえに手段を選ばない。沖田や永倉、斎藤でさえ及ばぬ剣の腕を持っていながら剣に拘らない。

 そういう意味ではむしろ芹沢寄りの人間なのだ。

 近藤には忠実で慕っているように見えるが、それさえもどこまで信じていいのかわからない。

 方便ではないのか?都合によって変えてしまうものではないのか?

 試衛館時代から心の片隅で燻っていたその疑問は、山南の中で大きく膨れ上がり始めていた。

 ────私には、彼が、わからない。わかりたくない。


 わかってしまったらおしまいだ。


─────



「師匠、土方さん達から話聞きました?」

「聞きましたよ」


 壬生寺の境内で、沖田とその師である「彼」はゆったりと寛ぎながら話をしていた。

 つい先程まで子供たちと遊んでいたため二人とも身体に熱が残っており、心地よい疲労が身体を包んでいる。

 その余韻を楽しみながら、二人は世間話と同じような調子でその話題を続ける。


「悲しいですね。私芹沢さんのこと嫌いじゃなかったんですけど。師匠も嫌いではなかったでしょう?」

「まあ人間としては。むしろあの姿勢は好きでした。ただ近藤さんより偉そうなのが嫌いでした」

「あー、ちょっとわかります。筆頭局長だから仕方ないんですけどねー」

「それは分かるんですけど、どうしてもねー」


 師弟は深く頷きあう。そう、芹沢のことは嫌いではないのだ。二人とも。

 むしろ好き嫌いだけで言えば好きと言える。師匠の方は少々含むところもあり、愛憎混じっているようだが。

 だが────


「私と師匠の二人で斬るんですかね。平山さんや平間さんがいるとちょっと面倒というか、確実性に欠けますけど」

「うーん、たぶん土方さんも来ると思いますよ。こういう時は自分でもやる人ですし」

「あー、そうですね。それに土方さんもいれば人数的にちょうどよくなりますもんね」


 ────「斬る」と決まったからには、自分は。師匠は。

 躊躇うことなく「斬る」のだ。


「あ、永倉君には秘密にするんですよ。同門ということで色々思うこともあるでしょから」

「あー、そうですね。永倉さんそういう繋がり大事にしますもんね。了解です」

「その辺は永倉君のいいところなんですけどね。この間遊びに行ったときも…」

「…師匠。その遊びって遊郭ですよね?」

「あっ」


 粛清の話からごく自然に別の話へと話題が移る。

 沖田にとっては当然のことだ。そして師匠が同じ反応を見せるのも当然のことなのだ。

 別に特別な話ではないのだから。

 感情はあれど、斬ると決まったから斬る。ただそれだけの話なのだから。


 ─────自分たちはそういう人間なのだから。

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