ある男の話

ある男の話

魔王軍幹部『雷の悪魔』

ある男の話をしよう。



魔王軍の幹部であり、アイドルとしての活動もしているユウレン・タンザナイト……またの名を魔王軍幹部『雷の悪魔』は中立派だ。

何の中立派かって? 人間に対しての感情さ。魔王軍には人間に対して悪感情を抱いているものが多い。人間側が此方に抱いているきっと似たようなものなのだろう、『雷の悪魔』はそう確信している。

中立派と言っても、感情の種類はいろいろある。どうでもいい、好き、和解するべき。その中でも、『雷の悪魔』……いや、ユウレンは結構特異な思想をしている。それは、「どちらも根本は同じものであり、人間だからこうだと決めつけるべきではない」だ。いや、それどころか人間より魔物、魔族の方が残虐なことをしている。そんな思想だ。だって、奴隷化、惨殺、実験……人間だってやる奴は勿論いるが、少なくとも『雷の悪魔』が目にする機会が多いのは魔物や魔族達だ。魔王軍に身を置いているのだから当たり前のことではあるが。

人間はクズ? 魔物、魔族は心優しい? そんなレッテル貼りほどくだらないものはない。だってそんなのは個人差個体差で、人間にも心優しい人はたくさんいるし魔物、魔族にもクズはたくさんいる。

でも、最初からそのような思想を持っていた訳ではない。むしろ昔は征人論主義、しかも過激派だったのだ。そんな彼を変えたのは、たった1人の親友である人間の男。

でも今はその話をしているのではない。聞きたいのなら言ってくれたら話すかもしれないが、今の話題はそれではないのだから。

いろいろあったのだ。見た目にそぐわず結構長生きしている彼の人生の転換期は、間違いなく人間である親友との出逢いであったと言いきれる。親友によって彼は人間も魔物も変わらぬことを知った。今でもその親友は彼の心の中の大部分を占めている。目の前で人間を貶されると、周りの空気が電流でピリつくくらいにはすこーしだけ感情が荒ぶってしまう程度には。

でも、彼自身以外は誰も彼の思想を知らない。こんな思想は魔王軍幹部としてそぐわない上いらぬ反発や反感を買うからだ。彼はアイドル活動のこともあるが、そもそも周りからの目を人一倍恐れる性格だから。

でも、彼も声を大にして言いたくなることがある。「人間をどうしてそんなに嫌うのか、言葉が通じ意思疎通ができてしようと思えば共存できるのなら、魔物も人間も皆同じじゃないか」と。

人間嫌いの魔物にも、人間嫌いの人間にも。魔物嫌いの人間にも、魔物嫌いの魔物にも。でも、やっぱり彼はそんなことを口にすることはできない。喉まで来ているのに、声帯を震わせることだけはできないのだ。

だから、彼は今日も思想を胸に秘めながら魔王軍で働いている。

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