ある昼下がりの独占欲

ある昼下がりの独占欲




 バージェスは知らないだろう。


 黒ひげ海賊団一番船船長のバージェスは、空き時間や余暇で常に鍛錬をしている。ダンベルを持ち上げ、腹筋をし、プロテインを飲み、また体を鍛える。

 何のトラブルもない航海。今日も、バージェスは己を鍛え上げていた。

 「ねぇ、バージェス」

 「ウィ~~……?」

 汗をかきながら腕立て伏せをするバージェスの上にちょこんと座りながら話しかける。バージェスからあふれた熱気が、狭い船長室の温度を格段に上げている。

 「何でそこまで鍛えるの? もう必要がないくらいに筋肉ついてるじゃん」

 バージェスは昔より格段に強くなった。武装色を身に着け、えげつないエルボーやラリアットを放ち、敵を粉砕していく彼は、まさしく『チャンピオン』にふさわしい。

 今ので千回目の腕立て伏せだ。汗をかき、血管を浮かせたバージェスは、そのまま地面にぺたりと脱力し、首だけをこちらに向けた。

 「鍛え続けねぇと筋力が落ちちまうからなぁ」

 はぁはぁと呼吸を荒らげながら、バージェスは口角を上げ、凶暴な笑みを作った。どんどん大きくなっていくバージェス。果たして彼の成長は止まることがあるのだろうか。

 「そうなんだ。けどたまには下半身も鍛えるべきだと思うけど」

 「リラもやるか?」

 「私の場合は速度特化だから」

 リラがバージェスの巨体から降りれば、ごろりと彼はあおむけになり、天井を見上げた。部屋にはバージェスの熱気が籠っており、ひどくホカホカしている。

 「チャンピオンだからこそ、鍛錬は欠かしちゃいけねぇんだよ」

 背を起こしたバージェスは独り言のように言い放つ。

 「そしていつかサボをぶっ殺して、メラメラの実を奪い去ってやる!」

 あの雪辱を思い出したらしい、バージェスの顔が歪むのを見、リラはそうだね、と口角を上げた。

 バージェスはただの筋肉だるまに見えて、ひたすらストイックだ。強くなるための努力を惜しまず、チャンピオンと言う二つ名の重圧に負けることなく鍛え続ける。

 きっとバージェスはそれが当然だと思っているけれど、その努力と研鑽は明らかに凡人と一線を画していることを、彼は知らない。

 「私が首、取ってきてあげようか?」

 そっとバージェスの背中から降り、ごろりと彼と向かい合うように転がる。凶悪そうな顔をしているが、実は愛嬌のある顔立ちをしていることも、リラだけの秘密。

 「ウィ~ハッハッハッハァ! テメェ死ぬぜ?」

 「死んだら死んだで仕方がない。それも運命じゃないの?」

 「わざわざ死にに行くのがムカつくって言ってんだよ」

 バージェスの大きな手がリラの小さな頭を撫でる。汗まみれだけど、大きい、安心する手。

 「……いや、言ってないよね」

 頭をわしゃわしゃされながら、バージェスの巨大な筋肉に顔をうずめる。

 「とりあえずテメェは俺の付き人してりゃいいんだよ! ……おい勝手に髭をみつあみにすんな!」

 「ちょうどよいところに髭があるんだもん」

 「ピサロの髭を結って来いよ!」

 「やだ。バージェスがいい」

 悪態をつきながらも、何だかんだ自分の好きなようにさせてくれる。優しい。くすぐったそうに髭を差し出しているバージェスは、そのままなされるがままになっている。

 至福のひと時。

 ……一度懐に入れた人は、どこまでも大切にしてくれる。これも、きっとリラだけが知っている。いや、ティーチ提督達初期メンバーは知っているだろうが。どっかの島でエースと衝突した時、ティーチ提督の攻撃に巻き込まれそうであったドクQを危険を冒し助けたらしいから。

 「よし、できた!」

 「マジでみつあみにしやがってよぉ……解いていいか?」

 困ったように眉を八の字にするバージェスに、リラはくすりと笑ってしまう。

 「……やだ。今日一日はこうしててほしい」

 「テメェのたまに出てくる謎の我儘は一体何なんだ?」

 「愛情表現だよ~」

 みつあみの出来を見、リラは満足する。

 彼は知らないだろう。他者など叩き潰してしまえばよい考えているような凶悪な男。ストレートに感情をむき出しにし、嫌悪することがあればすぐに嫌悪を顔に出す、そんな彼の髭を、嫌われず、かついじる権利がリラにある。それがどれだけリラの奥深くに眠る独占欲を満たしているか。


 バージェスは知らない。


 リラだけが、知っている。





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