ある日のノースブルー新聞

ある日のノースブルー新聞


DailyNorthデイリーノース~北の海にて刊行された新聞より、とある記事の抜粋~



「地獄の底で、鮮血の天使を見ました」


そうインタビューに答えたのは、身元照合を待つ一人の兵士だった。

先日休戦条約が締結された某国野戦病院にて療養中のG氏(仮名)は、特に戦禍の激しかった地区で発見/保護された謎の【治療済み】部隊の一人である。

彼は頭部外傷によって記憶の一部を欠損してはいるものの、会話可能なところまでは回復しており、当時のあらましを語ることができるということで取材を申し込ませて貰った。


G氏が従軍していた戦場では新型兵器やかのジェルマ66(※1欄外コラム参照)が投入されていたらしく、被害は近年稀に見るほど惨憺たるものだったという。

前後の記憶がはっきりしないもののG氏が所属していた部隊もその最中に壊滅的な被害を受け、G氏をはじめ多くの兵士が生死の境を彷徨うことになった。

さらに随行していた衛生部隊も戦闘に巻き込まれており、彼らは戦塵煙る現地にて死を待つ儘になっていたそうだ。


「うめき声がひとつ、またひとつと消えていくのを感慨もなく聞いてた…と思います」


何とも感情を読めない複雑な面持ちでG氏が語るには、そこで不意に誰かが近づいてくる気配を感じたらしい。


「意識は朧げでしたし視界も悪かったんですが、敵兵か友軍かだけでも確認しようとそっちを見てみたんです」



〇 ☩ 〇


――そこに居たのは鮮血に染まったのかと見紛うほど赤い軍服を纏った美女でした。


え?これだから男は…? いえ、美人を見るとなんだか昂揚するでしょう…??

は、はい、続きですね。


女はとても目立っていました。それはそうでしょう、あれだけ真っ赤な服を着てたらすぐ分かります。

で、何をするつもりなんだろうって、何もできないけど見てたら……手当たり次第におれたちの治療を始めたんです。

すごかったですよ。

でっかい木と布で即席の覆いを作って、その下におれたちを引っ張り込んでは消毒と包帯と怒号でぐるぐる巻きにするんですから。男顔負けの怪力ってああいうのを言うのかなって思ったのを思い出しました。

なんか、おれはとりあーじ?が最後の方だとかでずっと治療待ちになってましたけど。

そんでもってついに俺の番になった時、具合はどうだとかカンブがどうだとか出血量どうこう言ってたんで、つい気になって言ったんですよ。


「随分真っ赤な軍服だが、それは怪我した結果なのか? そんな目立つ格好で戦場にいると的にされるぞ」って。


そしたらそれまでキンキンに張りつめていた女の目が一瞬だけ緩んだんです。

気づけばおれの手を取って、ちょっと微笑んでました。


「この色彩だから、貴方も私をすぐ見つけられたでしょう」


硝煙や砂塵の中でだって見つけられる色が良かった。

どんな場所でも患者が私を、看護者を見つけられる色だから良かった。

救いは此処にあると。絶望の果てでも地獄の底でも、この色とともに私は示し続けるでしょう。

私は、人の命を救う者です。

負傷者を、罹患者を、この世の病と傷に苦しむものを須らく救うべき者です。


「あなたの命を救いましょう。例えあなたの命を奪ってでも、私は必ずそうします」



――そう言って、綺麗に笑って。


〇 ☩ 〇



その言葉を最後に、G氏の記憶は途切れた。

上層部より渡されていたという自爆特攻用の手榴弾(安全装置付き)で後頭部を強打されたのが原因とみられる。

野戦病院に収容された際の所持品確認にて、部隊全員分の手榴弾が紛失していることも確認済みだ。

件の治療者である看護師が持ち出しの犯人と見て、武器供与元から指名手配の申請が出ている。

目撃情報は随時募集しており、特徴も合わせて下記に連絡先を掲載させて頂く。


担当医師によればG氏の記憶障害も、この強打の影響との見立てである――





~~~~~後日/同新聞より~~~~~


先日(○月×日)の掲載記事に誤りがありました。

まだお持ちの方がいらっしゃいましたら回収とさせて頂きますので、どうぞご協力を願いいたします。


<新規手配書>

フローレンス・ナイチンゲール


通称『鋼鉄の天使』

出身:北の海・クリミア

罪状追加:戦場での新型手榴弾窃盗及び所属兵の命令遂行力損壊

申請者:"ジェルマ66"



=====この記事は海軍の申し立てにより削除されました=====

===この記事はG氏所属部隊の申し立てにより削除されました===

==この記事はヴィンスモーク家の申し立てにより削除されました==




=G氏は今後の運用に際し、問題ありとの申し立てにより削除されました=













ふぅ、と白く色づいたため息がこぼれた。


妙に同じ顔が多かった部隊。

思考機能の一部に制限が掛けられたような、虚無がのぞく表情。

生まれながらに"精神への負傷"を定められていたらしい患者へ、脳機能にかけられた制限ごと"応急処置"を施したものの……。

ずしり、と救急セットにおさめられた手榴弾の重みをもう一度噛み締める。

この重さは、彼らの重さだ。

完治を見届けられなかった、私の未熟さだ。


「やはり、この北の闇――いいえ、世界が罹患している病には《根本治療》を施すしかない」


雪の舞い散る港に立ち、アッシュブロンドを靡かせながら。

波の荒立つ海原を睨み、ヴァーミリオンの瞳でまっすぐに。


赤い服を身にまとった天使―フローレンス―は南へ足を踏み出した。



いつか聞いた、あの解放のリズムを口遊みながら。







ドンドットット♫ ドンドットット♪

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