『ある年のハロウィンの話』

『ある年のハロウィンの話』


ハロウィンとは元々ヨーロッパの一部で行われてきた年末のお祭りで、あの世とこの世がつながるという特別な日でもあったという

ご先祖様が現世に帰ってくるだけでなく、悪霊たちもやってくる。子供たちにお化けの仮装をさせるのはそういった魔のものから身を隠すという意味があるらしく、要するに味方の振りをして狙われないようにするということだろう

それが様々な歴史的変遷や国際化を経て…現代ではまあ……お祭りの一種であると言っていい。お菓子か悪戯か、Trick or Treat!と叫びながら子供たちが家庭を回ってお菓子をたかり、若者はこれ幸いとパーティを開いたり飲み歩いたり、大人たちはハロウィンにちなんだ催しをしたりだ

一年の終わりにご先祖と再会し、子供たちの無事を祈る。元は大晦日とお盆が合体したような行事だったと考えるといささか罰当たりな気がしないでもないが、バレンタインやクリスマスも似たようなものだし仕方のないことかもしれない


——そう、仕方がないのだ。盛り上がってしまうのだから。季節感があって、お菓子を買い込む理由になって、普段は着ないような衣装を着て非日常を楽しむことだってできる。一部で起きる大騒ぎを除けば俺だって好きな行事である

「なんて書いてある?」

頭に角を生やしたツヴァイが期待した目で覗き込んで来た。このゲームの発案者は案の定というかこの子である。俺は右手で握った紙に書かれた文字を読み上げた

「…"首筋"」

「ぁっ……私の書いたヤツです…」

ネコか何かを模した耳をいじりながらシーがポツリと漏らした。なるほど彼女らしいスタンダードな内容だ

「んん~いいの引いたね。じゃあ今度はこっち」

左手側に別の袋が近づけられる。俺はその中に手を突っ込んで、軽くかきまぜた後一枚を選んで取り出し、書いてある名前に目を通した

「最初は誰かな~?」

平静を装う俺にみんなの視線が突き刺さるのを感じた


――――

――――――

ハロウィン当日の夕方。この手のイベントが大好きな俺たちは当たり前のようにトレーナー室に集まった。トレセン学園全体もジャックオランタンや蝙蝠などの装飾品で色々と飾り立てられているし日が傾いてもあちこちにぎやかだ

クラスでのパーティが終わったら行くね、彼女たちからそう聞いていた俺はドラキュラの仮装で部屋の扉を開ける

「トリックオアトリートー!!ってアレ?トレーナーさんも仮装してるの?!」

「あぁ。…お菓子、持ってきてくれたんだろ?俺も用意してたけど一緒に食べるならと思ってな」

「いいじゃん。じゃあみんなでトリートだね!」

杖を手に持ち三角帽子をかぶったクレイが楽しそうに声を弾ませる。喜んでもらえているようでよかった


「もうみんな結構食べてきちゃったか?」

「へーきへーき!」

「アイスもあるので冷凍庫使いますね」

みんな慣れた手つきでパーティの準備を始める。数分もすればテーブルは開封されたお菓子の袋で埋まり、ハッピーハロウィンの掛け声と共にジュースで乾杯した


——で、ボードゲームなんかもやってそこそこ盛り上がりながら更に数十分後、ツヴァイから提案があったのである

「ねぇねぇトレーナーさ~ん?今日のトレーナーさんは吸血鬼なんだよねぇ?」

楽しいことを思いついたという表情で彼女は続ける。俺が返事をすると、周囲の他の子たちに耳打ちしてから台詞を続けた

「そーれーなーらー?ジュースだけじゃなくて他にも飲みたくなっちゃう?なるよね?」

一方的にそう言うと、ちょっと待ってねと言って6人で話し合いモードになってしまう。暫くノートを千切ったりペンを走らせる音が聞こえたかと思うと、ほどなくして全員がこちらを向いた

「ね、こういうのどう?こっちの袋には"場所"が入ってるの」

「それでこっちの袋には~私たちの"名前"♡」

察する。王様…いや、実態に即するなら生贄ゲームとでも言うべきか。節度は守ることと断りを入れてから、俺はソファの真ん中に腰かけた


――――――

――――

「よ、よろしく…」

トップバッターはアゲインだった。他の子たちよりこういった経験は圧倒的に浅く、ひどく緊張しているようだ

無理なら止めてもいいぞと言おうとしたら口をふさがれた

「いい。…あの…最初に軽くでいいから抱きしめて……」

赤くなりながら頑張ろうとする彼女が途端愛らしくなり、立ち上がって両手を取ってから二人の間に持ち上げた。そこでしばらく動きを止めていると彼女は所在なさげにキョロキョロし始める

「アゲイン・・・・・・じゃないか。"ティア"、顔上げて」

その呼びかけに反応して俺の顔を向いたティアはやっぱり赤い顔をしていて、俺はすかさず上半身を畳んで彼女の肩と後頭部に腕を回す。ティアは一瞬びっくりした後に俺の胸元に頭を預けた


「このまま、いいか?」

「うん」

「…持ち上げるな」

そう言って俺は彼女の脇に腕を差し込み、頭の高さが同じになるまでリフトアップした

「ど、どうぞ」

ティアは俺の首に片腕を回し、反対の手で首筋を晒してくれる。ゾンビを模した彼女の仮装は顔の周辺こそ血色が悪く見えるようなメイクをしていたが、襟で隠れた部分が現れれば至って真っ赤になっているのがよくわかった

…いただきますとか言ったらオジサン臭いかな、サクッと済ませよう

俺が彼女の首筋に口を寄せると首に回った腕は微かに緊張を増し、無言のギャラリーからは唾を飲み込む音が聞こえた

こう言ってはなんだが……まずは、一人目、完了だ


————

お酒が入った訳ではなくとも、人は雰囲気で酔ったようになることがある。特に一人でいるより集団でいるとき、何かに夢中になっているとその傾向は強くなるらしい

それこそハロウィンの熱狂もその一種であろうし、ウマ娘のレースを応援するとき、あるいはウイニングライブの感動を分かち合っているときの観客席なども、その場にいる全員の心が一つになったような感覚が走る

一緒に夢を見ているのだ。同時に軽く頭がぼーっとしたりして、まさしく酔ったようになってしまうことも珍しくない

そして現在の部屋の空気もまた、酔ったようなものだった

誰も飲酒などしていない。強いて言えばチョコレートボンボンがあったか。これは大人向けだな…と思わず零したら彼女たちの対抗心を刺激したのかみんなしてひょいひょいと口に運び始め…何人かは変な顔をしていたがあっという間に一箱空になってしまった

別にそれでアルコールが回ったと言うわけでも無かろうが…暗示のような効果があったのかもしれない……のか?とにかくゲームを始めたときにはみんな目つきが若干トロンとしていて、頬もほんのり上気していたことに、遅ればせながら気が付いたのだった

————



「随分と体温の高いゾンビがいたもんだなぁ」

「…………」

「…大丈夫か?」

「ちょっと待って…」

俺の首にしがみついているティアが落ち着くまで少しかかりそうだ。俺は片腕を彼女の膝裏に入れ、反対の腕は背中を回して指先を脇の下に差し込む。小さな身体がすっぽりと納まり、軽く左右に揺れながら彼女が落ち着くのを待った

「——ありがと。下ろしていいよ」

ティアは顔を見せてくれないまま、か細くそう告げる。何故か俺は少し悔しくなり、抱えたまま大股で彼女の元いた席に近づいた。揺れたせいか首に回った腕にまたキュっと力が籠る

「下げるぞ」

「あっ、うん…」

ゆっくりとティアを椅子へと着地させ、彼女の腕を握って首から外し、最後に頭を撫でておでこに一回唇を落とした。びっくりして顔を上げた彼女と目が合ったので軽く笑う。よかった、やっと顔をちゃんと見られた

俺がソファに戻る頃には、ティアは椅子の上に体育座りになって両手で真っ赤な顔を覆っていた……照れさせ過ぎてしまったかな。でもなんか反応が新鮮だし凄く可愛く見える…

俺の心配をよそにマリが彼女の肩を抱きながら小さく頷き始めた。最初は反りが合わないのかと心配したが杞憂だったようだ。次に引くのがマリの名前ではないと助かるなと思いながら、俺は再びクジ引きに手を伸ばした



「次は——"ヴェナ"の"ほっぺ"」

ヴェナがピクッと反応すると肩にかけた白いシーツが揺れた。部屋に来たときはそれを頭から被り、2つの穴から目だけが見えていたな。ゴーストの仮装だろう

近づいてくるヴェナを両手を広げて迎え入れる…ティアより慣れているはずなのだがヴェナもヴェナで緊張しているようだ。雰囲気の所為か、ティアの恥ずかしがる反応にあてられたのか。耳がキョロキョロと周囲を窺っている

……強張りを解したい。スカートの裾に気を付けながら彼女を膝の上に抱え込みソファに深く腰掛けると背中に掌を押し当てて温めるようにした。そのまま小声でヴェナにお願いをし、仮装用のシーツで2人の頭を覆ってもらった

オレンジがかった薄闇の中で額を突き合わせるとヴェナは少しずつ息遣いが落ち着いてきた。耳の動きも止まりゆっくりと瞬きしてから目が合う

「……噛んでいいか」

返事の代わりにヴェナは目を閉じて頭を俺の右肩に預けたので、俺は右手をヴェナの頬に添えて顔を彼女の方に向けた。くすぐったそうな声が聞こえる…


————

目の前の光景を見ながらティアちゃんの手を握る。シーツの向こうで2人分の頭がもぞもぞと動いているのが辛うじて分かるだけで中の様子はうっすらとしか見えないが—はっ、はっ…という呼吸が時折聞こえてくる。どちらの声だろう。否、息さえも混ざっているのか。ヴェナちゃんの尻尾は外に出てブンブンと動いている

ティアちゃんの方を伺うと顔を膝に押し当てたままチラチラと視線を送っていた。しーちゃんは目を丸くして瞬きもせず、両手をグーにして見入っている。クレイちゃんとツヴァイちゃんは赤くなりながら口元を手で隠して何かひそひそと話し合っていた。2人とも私の視線に気づき無言でアイコンタクトを交わす

もしかしたら今日はいつもと何か違うかもしれない

————


くてっとしてしまったヴェナを抱えて元の席に返す。彼女はシーツをかぶりなおしてから両手で淵をギュ~っと握った。またやり過ぎたかもしれないな……嫌がってはいないと思うけど

俺は座るより先にくじを引く。書いてある名前を読み上げたら視界の端で猫耳がピンっと上を向いた



シーは胸の前に腕を抱いて口元を隠し、立っている俺の顔を潤んだ目で見上げる。……どうしようかな。いや、縮こまってる彼女とにらめっこしていても仕方ない。俺はシーの前にしゃがみ込んで右手を差し出した

「トレーナーさん・・・」

「?」

「お、お姫様だっこがいいです…」

「任せろ」

差し出した右手は脇の下から背中に。こちらの首に腕を回してもらって左手を膝の下に差し込んで持ち上げる。ソファまで戻ったら一声かけて腰を下ろす。シーを膝の上で、身体の向きが直角になるように座らせて、俺の胸に体重を預けさせるとどこからともなくため息が聞こえた

「どこだったんですか…?」

小さな声でシーが問いかける。少し考えてから指に挟んでいた紙を手渡すとシーが左のメンコに指をかけたので、その上から自分の手を重ねるとまた赤くなる。書かれていたのは"耳"なのだった


心の中で何か沸き上がるものを感じる——敢えて全部は外さないで、付け根を軽く唇だけで食んでみる。小刻みな振動が返ってきた。耳毛の感触がくすぐったい

「血管が見えるな」

「ゃぁっ…」

恥ずかしがっているのに拒否しきらない。心臓の音が聞こえてくるようだ。シーは両手をそれこそ猫のようにくるんと丸めて俺の胸元に弱々しく押し当てている。口は僅かに開いていて顔中が完全に真っ赤だった

「——…………」

不思議と俺の方は冷静を保てた。普段は彼女たちに圧倒されがちだが今日はなんだかテンパらない。吸血鬼のフリをしているのが功を奏しているのだろうか?何をしたら喜んでくれそうかといった方に思考が向く

左のメンコを全て外す。熱を持った空気が立ち上るような感覚があり、息を吹き込んでしまおうかどうかしばし逡巡していたら俺のシャツが軽く引っ張られて視線を下げた

シーは口を動かしているがとても小さな声で聞き取れない。頭を下げて耳を近づける

(あの・・・めっメンコで、隠れるので。だ…大丈夫なので…)

何を言おうとしているのか察して目を合わせると、彼女はほとんど泣きそうだったが、それでも最後まで頑張って言い切った

(跡が残っても多分、大丈夫です)

(………分かった)

(にゅあぁぁぁ~~~っ)

腕の中で震えるシーを逃がさないように力を籠める。部屋の温度はまた少々上がった気がした



「早くっ早く!」

たいそう元気な生贄である。クレイは名前を呼ばれるや否や魔女の帽子をパタつかせてとびかかってきた。あくまで余裕を崩さないように抱き留めて腰を落ち着ける。クレイは目がグルグルと回っていそうな顔つきで、俺の胸元に顔をうずめた。彼女の頭を撫でながら部位が書かれた方の紙を見る

「……クレイ。隣り合わせに座ろうか」

「? なんて書いてあるの?」

「…………"指"だよ」

半分嘘。正確には薬指と書かれていたのだ。その紙をポケットに入れてクレイを膝から下ろした


「どうする~??手の指じゃなくてもいいよ?」

ソファに座り上体を前のめりに倒したクレイは、両手を後ろに隠しながら足をパタパタさせた。ニヤニヤとからかうような顔つきをしている

「それはまた今度な」

慌てず、呑まれないように切り返した。このままではいつものペースだ、どうにかして照れさせてみたい。クレイはえへへっと笑っていた

しかし、指……指か、どうすればクレイには効果的だろう?とにかく手を触る口実にはなったか

俺が促すと、クレイは隠していた両手を掌が上を向くように差し出した。俺も同じ向きで手を出して指を絡ませ、指の付け根同士を合わせる

にぎにぎと力を入れたり緩めたりしているのも柔らかくて心地よい……いや、でもこの余裕綽々さも崩したいな

「右手からにしようか」

クレイの左手を開放して、右手に集中する。両手で挟み、撫でて、反応を窺った

「くすぐったいよぉ」

そっと、優しく。くすぐったいならむしろ丁度いいかもしれない。そういえば学生時代、ボールペンで手相を書く遊びがあったな


——俺は親指の先でクレイの手の皺を軽ーくなぞるようにした。引っ掻くとも言えない、俺の指紋と皺の凹凸がギリギリで触れ合うかどうかといった具合だ。これがくすぐったかったんだよな——

ブルブルブルッ

と、座っているソファを通じて、クレイの震えが伝わってきた。高く短い声を上げた口元に、空いていた左手がさっと伸びる。一拍遅れて視線を上げた俺の視界には目線を逸らしたクレイの赤い顔が映った。左手は握りしめて唇に当てている

もう一度、今度は爪を少しだけ立ててみる。生命線、頭脳線、感情線に運命線、指の関節も一本一本、そ~~っと慎重に撫でていく。クレイの手の甲は若干鳥肌が立っていくように感じた。俺は座る位置を詰め寄らせてお互いの足を密着させた

目線は手元に落としているが見える範囲だけでもクレイがもじもじとしているのは分かる。慣れてしまう前に手を裏返し、拳骨の辺りに口を付けた

「わぁっ…キザ」

「きれいな指でつい、な」

「え~?もう本当にキザだねっ」

いささか小さい声だが語尾は弾んでいるし黙って引かれるよりよほどいい。続いて人差し指と中指の間をごく軽い刺激で撫でるとキュっと俺の手が握られる。どうやらこれもくすぐったいようだ。全ての指の又と、爪の根本も軽く引っ掻くようにしたら、反対の左手も出してもらって同じことをした


「どの指を噛んだらいいと思う?」

一巡したのでこちらから問いかけてみる。彼女は意外そうにして自分の10本の指を眺め始めた

「その…こことか、どう?」

おずおずと差し出されたのは左手の薬指。俺はポケットの紙を手渡し、クレイがそちらに気を取られているうちに左手を取ってソファから降りた。クレイの前に片膝をついて座り、彼女の顔を見上げる

「…意地悪だね」

「クレイのその顔が見たくて」

何か言い返される前にクレイの手を口元に運び犬歯を当てる。口を放して再び顔を見上げると、大きな帽子の唾を握って赤い顔と目元を必死に隠していた



かつてないほどの達成感を覚える。あのいつも元気なクレイが俺の膝の上で静かになっているのだ。呆けた顔で薬指を撫でている

「これって予約されちゃった……?」

周囲からヒュウっと息を吸うような音が聞こえた。部屋のあっちこっちから熱が上がっている

しかし——確かにちょっとかかり気味な行動だったかな。軽率だったかも……ああでも可愛いなぁ。抱きしめたい

俺はクレイの肩を抱き寄せて耳元に口を近づけ、一言二言囁いた。クレイは満足そうに笑い、元の席まで運んでくれと頼んでくる。マリ達が待ちかねている、と。抱っこの離れ際、ちょっとだけ名残惜しそうに指を引かれた



————————————

「~~~~はっ……はぁっ…」

「…………」

「も、もう一回…」

「…………あぁ」

「お願いします」

目の前で前かがみになっているマリの背中を眺める。背中側から腹部に回した腕はがっちりとマリの腕でロックされ、とんでもなく熱かった。というかそれ以上前かがみにならないでもらえないだろうか、フワフワにもほどがある

柔らかさから逃れるにも腕が掴まれているのでどうしようもない、下手に浮かせると総本山にぶつかりそうなので腕を締めるが、そうすると今度は腿に色々と押し付けられてしまうのだ


「ちょっと背中を伸ばしてくれるか?」

そう告げるとマリは息を整え、彼女の後頭部が近づいてくる。くじに書かれた部位は"うなじ"であった

「~~~~っっっ」

「——痛くないか?」

「……はい?…あ、だ、大丈夫です~」

うっすらと汗ばんだうなじには少しだけ跡がついてしまった

「マリ、ごめん。明日は何かで隠してくれるかな」

そう伝えると彼女は首に指を這わせ、座った眼でこちらを振り返る

「そんなに付いてるんですか?」

「…まあ、でも。明日までは残らないかも」

俺の訂正を聞いたマリはより一層俺の膝に深く座り、グリグリと背中を押し付けてくる

「ちゃんと隠しますからね」

「…ああ。」

「だから遠慮しないでくださいね」

言外の圧力を感じながら、俺は三度歯を立てた



マリの尻尾を手櫛で梳き、黒い頭を見下ろす。つむじからなんとも言えない匂いが漂って…いや変態っぽいなこれ。顔に描かれた縫い目の模様をなぞりながら余裕ぶってみた

「フランケンシュタインも形無しだな」

あれ、正確にはフランケンシュタインの"怪物"なんだったか?脱力したマリは目を半分閉じて深呼吸をしている。暫く動かなかったが、やがてツヴァイと目線を交わし合って頷いた

「ありがとうございました」

彼女は俺の腿に手を置き自力で立ち上がる。支えようとしたがやんわりと断られてしまった。細かな仕草で、ツヴァイの方へ注意を促す……

他人思いな子だ。座り際にマリがティアと抱き合っているのを視界の端に捕えながら、近づいてくるツヴァイを迎えた。自ら引いた2枚の紙を左手に握っている

「これ、私が書いたやつですよ…残っちゃいました」

「そうだったのか?……見せてくれるか」

くじを受け取って中身を見る。片方は"ツヴァイ"、もう一方は——


「"どこでも"か」

「お好きなところをどうぞ」

「……無防備だな」

ツヴァイは小首を傾げて目を細め、腕を広げて俺の方に倒れ込んでくる。抱きとめた俺の耳元でそっと囁いた

「これでも我慢しましたよ?」

ゆっくりとソファの上に登り、向かい合う形で俺の膝に腰を下ろす。逆光を背に、耳の横から伸びる悪魔の角が鈍く輝いていた

「ちょっと頭下げてくれ」

「は~い♡」

俺は彼女の頬に片手を添えて、なるべく優しく噛みついた



「トレーナーさん知ってますか?」

「うん?」

「吸血鬼に噛まれたら仲間になっちゃうんですよ」

「…………」

6人とも楽しんでくれただろうかと振り返っていたらなんだか不穏な質問が飛んできた。あーなんか…これはひょっとして……

胸元のツヴァイも含めて全員がゴソゴソとポケットを探り始める。ニヤつく子、わざとらしく手首をしならせる子、赤くなりながら口元を隠すように掲げる子と様々だが、そこに書かれているのは——

"トレーナー!" "トレーナーさん" "♡トレーナーさん♡" などなど。怪しい光を放っているような6対の瞳に捕えられ、ツヴァイに身体を拘束され、俺はどうやっても逃げられないことを悟る。ああ今日は優位に運べたと思ったんだが…まあ、いいかな…


――――――

―――

その日の晩、包帯と絆創膏まみれで部屋に戻るトレーナーがいたとかなんとか。本人曰く今日がハロウィンでよかったとかなんとか

そのミイラ男はよく見ると左手の薬指がたいそうふやけていたとかなんとか

しかし僅かに見える表情はどこか幸せそうだったとかなんとか……

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