ある夫婦の問答~君は僕のことを知っているけれど~
hohoho ■■■
とある日の朝方。
「キラ、今日は庭の草むしりをいたしましょう」
「そうだね、伸びてきたしね……母さんにこの間、ラクスさんばかりにやらせてるんじゃない!って怒られちゃったよ」
「まあ」
「当たり前のことなんだけど、コロニーとは色々違うよね」
「ですわね」
「昔も、ラクスはこういうことをやってくれてたんだろうけど」
「マルキオ様の孤児院にいたときもよくやっていましたわ」
「僕、全然駄目だね、本当」
「……あの時のキラは」
「ああ、気にしないで。多分、これは一生ついて回るものだし、逆にこういうことを一々考えなくなっちゃったら、きっと僕は僕じゃなくなっちゃう。思考停止はよくないからね」
「それを、思考停止というにはあまりにも……あまりにも、自己否定がすぎますわ」
「そうだね。あんまり昔はこういうことなかった気もするんだけど。よくないんだけど、それはそれとして、こういうことを考えるのも僕なのかなって。
……なんか、本当に言いたいことがあったんだけど、別のことが口をついちゃったよ」
「では本当に言いたかったことを言ってくださいませ」
「いや、僕ってラクスのこと全然知らないんじゃないかなって」
「え」
そんな会話。
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「ほら、ラクスはよく僕にいろんなことを提案したり、助言してくれたりするじゃない?それって、僕のことをよく知っていないとできないことだよね」
「キラもわたくしの助言になることを自然と言ってくれますわ」
「でもそれは僕の感情論であることが多いんじゃないかな」
「それがキラですので」
「そうだね、それが僕だ。そして、僕のことをよく見守って、考えて、理知的な結論から提案してくれるのがラクス」
「……キラもわたくしのことを、よく見てくださってると思います。うぬぼれでなければ、ですが」
「そう。僕は君の今を常に見ている」
「……」
「急に黙らないでよ。うん、手を広げたらなんとなくわかるけどね」
「麦わら帽子が邪魔ですね」
「虫除けの網もね。そもそも僕ら今草むしりしてるし」
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「虫除け用の薬だけではだめなのでしょうか」
「ん……こういう原始的な作業着は重要だよ、なんだかんだでね。ちょっとしたことでその後に与える影響は変わる。MSの整備をしてる人だって、普段着ではやらないし」
「では我慢いたします」
「君を思う存分抱きしめるのは、草むしり終わって、シャワー浴びてからでもできるからね」
「ではぜひ、その時を楽しみにしております」
「日常の一部分を楽しみにできるラクスはすごいと思うよ」
「日常の一部分に楽しみを挿し込んでくるキラは素敵です」
「ありがとう……さて、なんだっけ。
そうそう。僕は今の君をよく見てる、とは思う。でもそれは大なり小なり誰でもやってることだ。他人を見て、そこから推測し、君のことを考える」
「……いえ、キラのそれは他の人以上に結構深度が深いと思いますわ」
「そうかな?まあ深浅、大小、多寡はあるかもしれない。でも誰でもやってること。
僕がラクスを知らない、というより、君が僕のことを知っている、と思うのはそこから一歩進んだところにある」
「と、言いますのは」
「僕がおはぎ好きだって、誰から聞いたのかな?」
「お義母様ですが」
「じゃあ、僕が実は怠け者だっていうのは?」
「アスランから」
「じゃあ……僕は泣き虫で甘えん坊っていうのは?」
「カガリさんからでしたでしょうか……いえ、こちらもアスランかお義母様だったかもしれません」
「と、いう感じ。ラクスは今ここにいない僕も、ちゃんとフォローしてくれてる」
「……あ」
「今までもやってこなかったし、これからもそんなやる気もないんだけど、そういうこと僕無頓着だよね」
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「つまり……ここにいない私を、あまりキラは見ていない?」
「だね。ラクスの歌う映像とかあまり見ないし。なんだったら、コンパスの広報関連も仕事で舞いこまなかったら見ないかな」
「……なるほど」
「君が悲しむなら見るし、君が僕のところに持ってくるものなら見るけどね。そして多分時には否定すると思うよ」
「否定」
「うん、否定。君が僕の前で見せるような顔をせず何かやったら、思わず否定しちゃうだろうね。それも君なのに。全てを愛するって言ったのにそれを実践できないとか情けない男だよね」
「難解ですわ。キラは普段前にいる私を肯定する。そこの延長線上にあっても、ということでしょうか」
「全部を否定するわけじゃないよ?でも、まあ……君が変な歌を他の人のために歌い始めたらとりあえず嫌だぐらいは言うんじゃないかな。あ、でも愛と嫌悪は別の感情かな?なら成り立つのか……?」
「あ」
「なにラクス」
「いえ、思い当たる節がございました。確かにキラはそういうことしますわ」
「自分の中であまりいいことじゃないなあと思ってることを、笑顔で言われるのも変な感じだね」
「大事な思い出の一つなので」
「じゃあ胸の中でしまっておいて、言いふらさないでもらえると助かるかな」
「もうカガリさんに自慢してしまいました」
「遅かったかあ」
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「もう半分は過ぎたかな。なかなか疲れるね。昼食の準備に差し支えるようなら先に戻ってもいいよ」
「いえ、むしろ昼食の準備も手伝ってくださいな」
「このお嫁さん、何かと僕と一緒のことをやりたがるね」
「これまでも、これからも、あなたと一緒でいれる時間の方が少なそうなので」
「なるほど?」
「かわいいお嫁さんのわがままですわ」
「なら、しっかり聞いてあげないとね。まあ、僕は目の前のラクスをしっかり見ているんだけど、その分いないときのラクスには気を払ってないというか……いや、違うかな。いないときでも、目の前にいるときの君を前提として物を考えちゃうんだ」
「また少し難しいですわ」
「じゃあ、その結果起こったことだけ話そうか。一か月、君に会えないことで、僕はどうなったかな?」
「いい思い出と悪い思い出が同時に想起されました」
「そう、そういうこと……え、手を広げてる。また?」
「悪い思い出で悲しくなったので慰めてくださいな」
「ごめん」
「許してあげますわ」
「ありがとう……さて。目の前にいない君を想像するとき、僕はいつも目の前にいる君を考える。具体的に言うと、当時は……なんというか、悲しそうな、寂しそうな君ばっかり思い浮かべていた。本当に、よく泣いてたよね、ラクス」
「あなたが泣かないからですわ」
「うん……もうちょっと君の前で泣いておけば、無理に笑う君が見れたかも。でも、今となっては、泣いてる君の姿をあれだけ見れたのも僕が無理した、というか壊れたおかげなんじゃないかなって」
「……キラは悪い人です」
「そうだよ?世界で一番世界のことを考えてる……と思われてる、優しい人を世界から取り上げるぐらいだからね」
「まあ。ではそんな極悪人のキラを私は愛していますわ」
「ありがとう。優しい君を僕はいつでも愛している」
「でも、確かに。当時、キラには泣いている姿をよく見せた気がしますわ」
「僕以外の人の前ではあまり見せないでね?」
「独占欲ですか?」
「僕だけが知っているラクスの顔は、いくらあってもいいからね」
「我儘な旦那様ですわ……大好きです」
「今日はハグ難しいのにしたがりだね……」
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「そろそろ終わったかな。さ、一度シャワーを浴びよう」
「一緒に浴室にきていただけますの?」
「君が望むなら。……さっきの話だけど。まあ、要するに自分の目の前のラクスが全てじゃないのに、そう思いがちなんだよね、僕。ちょっとカガリから怒られちゃった」
「と、言いますのは」
「何をどう考えたら、お前と一緒にいるラクスが幸せそうじゃないように見えるんだって。お前、自分が見ているラクスしか見てないだろってさ」
「あの一件のことで?」
「そう。アスランから聞いたんだって。あのアスランにそんなこと言われるとかよっぽどだぞお前って。まあ、あの時あの言葉たたきつけれるのはアスランぐらいしかいなかったんだけどね」
「……そして、一番最初の言葉につながるのですか」
「そういうこと。どうしたもんなんだろうね。
僕は目の前にいる君が大事だし、目の前にいるラクスを好きだし愛しているんだけど、君の全てはそれだけじゃない。
僕はきっと、僕の知らない君も含めてしっかり愛さなきゃいけないんだけどさ」
「旦那様の私を愛することに対しての意識が高すぎますわ……」
「むしろそれが一番重要だよ、僕にとって。
でも、上手くいかないなあ……たとえば今日の草むしりだって、君がいつもどうやってやっているのか知らなかった」
「いつもはここまで重武装ではありませんの」
「だからたまに虫に刺されてるんだね……ちゃんと着よう?」
「はい。今日はキラのおかげで、どこも赤くなっておりませんわ。
ほら、見てくださいませ」
「綺麗」
「……」
「まだ僕、汗臭いよ、ラクス?あと不用意にそうすると、赤いところが増えちゃう」
「赤くしてくださいませんの?」
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「……どうしようかな、本当に。
あ、薬味を切っておけばいいのかな」
「そちらはわたくしが。キラは水を張って沸かし始めてくださいな」
「はーい。でも、どうなんだろうね」
「はい?」
「僕が君を信じれなかったのは、そういうところもあるんじゃないかな、ってさ」
「ああ、さっきのお話……」
「そう。自分の側にいないラクスを想像できなかったから。
だから、裏切られたなんて馬鹿みたいなこと考えちゃったんじゃないかと」
「今もそうですの?」
「どうなんだろう。この間も言ったけど、君に会わないと、やっぱり不安定になるような気がするんだよね、僕。そして僕が不安定になると君も連鎖で駄目になっちゃう」
「だから一緒にいたいですわ」
「そうなるのかな……結論としては」
「そもそも、キラの目の前にいないわたくしを知っても、あまりそういった効果はない気がするのですが、いかがでしょうか」
「え、なんで?」
「だって、キラの目の前にいるわたくしが一番あなたのことを愛しているわたくしですので」
「……あ、かわいい」
「キラ?」
「真面目なのはわかってるよ。でも……うん。かわいい奥さんが、僕の目の前が一番気合入ってるとか言われたらそう思っちゃうって」
「ではキラは絶対にあなたを裏切らない私を常に心に焼き付いておいてくださいな」
「寂しがり屋で我儘だなあ」
「キラも泣き虫で甘えん坊ですわ?」
「そうだね……でも、やっぱりハードル高いね、これ」
「え?」
「いつだってそうなんだけど。目の前にいる君は頭の中の君よりずっと愛らしいよ」
「……」
「ハグは料理が終わってからね?」
(了)