ある夫婦の問答~キラは理屈っぽい~

ある夫婦の問答~キラは理屈っぽい~

hohoho

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 とある日の15時ごろ。

「キラ、今日のクッキーはいかがですか?」

「うん、おいしい。大きさ自体は小さいけど、甘さとしっとりした感じがいいね」

「いつもよりバターと砂糖を多めにしましたの」

「ああ……へぇ。なるほど。いつもよりずっしりしてる感じの正体はそれかあ。カロリーが多めになるから、その分小さく作ったんだね。日持ちするの、これ?」

「どうなのでしょうか……」

「油分と糖分が多少多いからって、悪くなるのが遅くなるほどじゃないよね。僕とラクスで食べきれなかったら、いつもみたいにご近所さんに持っていこうか」

「御夕飯を少な目にする、というのもいいのではないでしょうか」

「確かに。1個2個多めに食べて、一緒に運動するのもいいかもしれない。あとで散歩でもどうかな」

「まあ、デートのお誘いですの?」

「夕飯の準備に差し支えないなら」

「では、下ごしらえだけして、お散歩にいきましょうか。

 ……それにしても」

「ん?」

「キラは理屈っぽいですわ?」

「ああ……ごめん。ラクスと話すときはあまり出さないようにしてるつもりなんだけど」

「いえ、理屈っぽいキラも好きですので」

「あ、僕の好感度がすごい上がったよ、ラクス」

「まあ。でもとっくに上限ではないのですか?」

「バレちゃってる」

「私もキラへの好感度はすでに天井を貫いて天より高いので」

「ラクスの愛に包まれて僕は幸せだよ」

「あら、キラは私を愛で包んでくれませんの?」

「抱きしめたくはなるかな」

「愛で包まれてしまいましたわ……」

 そんな会話。

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「でも、理屈っぽいか……まあ、しょうがないのかな」

「と、いうのは」

「ほら、僕の父さんと母さんは研究者だし。その上、工業カレッジで学生やってたし。なんだったら、今も実務こなしながら、研究やってるみたいなもんだし」

「キラ・ヤマトは研究者だったのですか?」

「パテント取ったり、開発したりしてる時点でそう言って差し支えないかな。兵器関連ばっかりなのがちょっと悲しいけども。

 学位は……あれ?どうなってるんだっけ」

「私の愛しの旦那様が、カレッジも卒業できてないなんて……」

「これは就職で難儀するやつだね」

「では私が養いますわ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

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「でも、キラは理屈っぽいとは思うのですけれど」

「うん?」

「割と感情で動いていることも多いと思いますわ」

「考え無しでごめんね?」

「いえ、私にとっては大体大満足な結果になるのでいいのですが」

「そういうラクスは頭の中ですごく考えてから行動しているよね。

 思考が速い上に、それを相手に悟られず、しかも前後の因果関係まで予想して動いている。本当にいろいろ助けられてるよ」

「……考えても、うまくいかないことはありますわ」

「後悔してることもある?」

「キラにフリーダムを渡したことは、今も後悔しております。他にも、忙しさにかまけた挙句、あなたとの関係を切ろうとしたことも」

「フリーダムは、君や他のみんなを守ることができるためになったし、僕との関係は……まあ、うん……」

「別れたいと言わなくてよかったですわ」

「本当にねぇ……うん……今もラクスを抱きしめられているのが奇跡みたいだなとは思う」

「でもその奇跡はあなたの意思がなければ起こりませんでした」

「ラクスの想いがあったからだよ」

「では両想いだったので、別れ話なんてなかった、ということで」

「そういうことで」

「それはそれとして反省して次に活かしますわ」

「だから小さいことでも、話し合う?」

「はい。抱きしめあいながら。いかがでしょう?」

「さすがだね、僕の奥さんは」

「褒めてくれる旦那様は素敵ですわ」

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「でも理屈っぽいけど時に感情で動く、かあ。確かにどっちも僕だね」

「相反していますね」

「……んん。そうでもないかな」

「一見、まったく異なる行動理念のようにも見えるのですが」

「うーん……僕は、感情で動いてるんだと思うよ、基本。

 そのあと理屈をつけてきているだけで」

「……そうでしょうか?」

「ラクスならぱっと出てくるかな。僕の昔の口癖」

「『大丈夫』『それでも』とかでしょうか?」

「さすが僕の奥さん。どれだけ僕のこと好きだったの?」

「世界と天秤にかけても、キラに傾くぐらいでしょうか」

「……重いね。でもその重さが心地いいよ」

「まあ。物理的にでしょうか」

「物理的な重さで言ったら、ラクスは羽より軽いよ」

「では抱っこを」

「はい」

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「どれも、感情で動いているけど、理屈をあとからつけてる僕だよね」

「……あ」

「大丈夫、なんて大丈夫なやつは言わないんだ、普通。無理だけどそれを感情でどうにかしようとしてる僕だね。とはいえ、おかれてる立場で意味は変わる言葉ではあるんだけど、概ね当時の僕についていうなら間違ってないと思う」

「『それでも』の方は……現実を感情で否定するキラでしょうか」

「そう。ちょっと前に戻るけど、科学者的には現実……あるいは実験結果に即して話をする場合、だから、と言う。でも、を使うのは否定だね。現実が理のままに成立する結果であるから、それを否定する根拠は最早僕の心の中の世界にしかない。感情だ。なので、それでも」

「キラはそれでも私と一緒にいたいのですか?」

「そうだね。いつまでも一緒にいたいかな」

「幸せです」

「僕も」

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「ただ、キラはしっかり考えて行動されていると思いますわ」

「そういうことも、時間があればするけどね……」

「私をアークエンジェルから解放していただいたときなど、そうではないですか?」

「あれなんか感情の極みみたいなものだけどね。

 考えはしたけど、君を解放するべきだと思った感情が、他の人の迷惑になるって理屈をボコボコにうちのめした結果というか」

「考えた結果、感情で動けるというのは、私の大好きなキラですわ」

「そうかなあ。割と僕としてはうーん……」

「そういうところも含めて愛しているので」

「僕の全部を?」

「愛していますわ?……ああ、フリーダムを渡す前も、そうだったのでしょうか」

「うーん……あれはどっちかというと、感情と理屈に折り合いをつけた、というか。

 感情のまま動くなら、動くの嫌だなあって感じだったし、多分」

「……キラは、理屈っぽいけど自分のことを理解しておりませんわ」

「おっと辛辣だなあ……」

「戦いを止めたいという感情が、戦場では他人を殺すしかないという理屈を上回ったのではないでしょうか」

「僕が戦場に出るのが嫌だっていう感情は?」

「私の中では見てないことになっております」

「えぇ……」

「でもおそらくそれは、感情と感情の折り合いですわ。

 戦場にでるのが嫌だ。それでも」

「それでも?」

「守りたい。キラの行動理念なのではないでしょうか?」

「この奥さん、僕のことより僕のことわかってない……?」

「妻ですので」

「妻だったね」

「キラの全部を愛していますので」

「……それ、僕の言葉より重く聞こえるね」

「愛が重いは誉め言葉です」

「うん、褒めてるよ。僕なんか、ただ君を見て、それを受け入れるというつもりで言ったのに。君は、僕のことを全部理解して、それでもなお愛してるって言ってくれてるんだから」

「……」

「ごめんね、理解が足りてない僕で」

「そんなキラだから愛おしいのです」

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「まあこんな感じで感情で動くものだから、それを理屈で補強してどうにかしようとしてるんじゃないのかな。さっきのクッキーの話だってそう」

「え?」

「結局、最初に考えたのは『ああこのラクスの作ってくれたクッキーおいしいなあ』だから。でも、それを理屈こね回して興ざめさせるのはよくないよね」

「全く興ざめしていないのですが。むしろクッキーでも私のことを真剣に考えてくれて嬉しかったのです」

「マイナスかと思ったらプラスの方だったんだね」

「キラは理屈を振りかざし正論で叩いてこようとはしませんので」

「あー……うん……今ちょっと毒が出なかった?」

「いえ。キラは感情を理屈でサポートしているので、思いやりが最初に来るのですわ、多分」

「こいつが嫌いだってなったら、結構辛辣にならない?そういう思考って」

「私がお嫌いですか?」

「ラクスは大好きだよ」

「なら私にとっては問題ありません。どんどんキラの感情を理屈でサポートして私を気持ちよくしてくださいな」

「熱烈だね……ああ、そういうことか。逆にラクスの前ではそのまま自分を出した方がいいんだね。……もしかしてラクス、余裕がない僕の方が好きだったりする?」

「どっちのキラも好きですわ?」

「あっ笑ってごまかした」

「ごまかしてませんわ……?あ、抱きしめるのは卑怯です」

「笑ってごまかされたら、こうするしかないんだよね……」

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「つまりわたくしは感情で動いて、それを理屈っぽくこね回してやっぱり感情のまま私に接してくれるキラが好きなのです」

「うーんこの奥さん僕のこと好きすぎる」

「他にもありますわ?」

「たとえば」

「私をまっすぐに見てくれるところは、とてもどころではなく大好きです」

「……ああ、それは、うん。

 これは、研究者として育ててくれた父さんと母さんに感謝しなきゃね」

「え?」

「研究者にとって大事なことは、しっかり、まっすぐ事実を見ること。そこから、そこに至った理由を推測し、立証すること」

「つまり、キラは」

「そう。君をまっすぐ見て、そこから君のことを考えて推測して、僕が君のことを愛している、あるいは君が僕を愛しているということを確かめてるわけだね」

「……キラはラクス学の第一人者です」

「そうかなぁ。もうちょっと頑張らないといけないかな、と思ったり」

「向上心のある研究者キラをラクス・クラインは応援しております」

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「じゃあ、散歩に行こうか、ラクス」

「ええ、準備はできてますわ」

「あ、あと一つクッキー食べていい?」

「どうぞ……でも、どうしてですの?カロリーを気にして散歩にいくのではなかったのでしょうか?」

「えっと。ラクスが作ってくれたおいしいクッキーを他の人にあげるのがもったいないと思ったから……かな?」

「愛に生きるキラを私は愛していますわ。

 ではカロリーなど考えず、おいしい私のクッキーは全てキラの胃袋におさめてもらいましょう」

「本当、考え無しだよね、僕」

(了)

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