ある医者の話

ある医者の話


私がここに来て約一年、この町の怪我人、病人の死亡率は大幅に下がった。

最初は流れ者の医者に対して怪訝な顔していた人間も、今では大した不調でもないのに私の元を訪れるほどだ。

ただ一つ、この町の人間を不安にさせている要素があるとすれば、ここ数か月墓が掘り返される事例が数件出たこと、それくらいだ。


コンコン

診療所の扉を叩くいつもの音がする。少し急いでいるようだ、扉を叩く音が大きい。

少し考え事をしていたせいで返事が遅れたせいか、返答を待たずドアが開かれる。

たしかこの町に来た時、私を藪医者ではないかと頻りに疑っていた男だ。

「●●さん!また墓が掘り返されたって騒ぎに!」

 無論、偽名だ

 私はこの町のリーダーでも何でもないのだから、そんな報告をされても仕方ないはずなのだが、信頼を集めすぎるというのも考え物だ。

「しかも今回はたまたま近くに居たガキが毛がない肉の塊みたいな化け物を見たとかって騒ぎたててんだよ」

「いつもならこんな事信じないけどよ、こう気持ちわりぃことが続くとみんな縮こまっちまって...なんとかならねぇかな」

便利屋か何かか勘違いしているのだろうか、まあ良い

「たしか...どこかでそのような怪物の噂を聞いたことがありますね」

「死肉を喰らう怪物、喰種といったかな」

男は目を輝かせる。

「ど、どうすればいいんだ?その怪物を追っ払うには!」

「そこまでは存じ上げませんが...死肉のみを喰らうそうなので、近づかなければ平気なのではないでしょうか?」

嘘は言っていない、そう作ったのだから。

明確な解法のない返答に男は頭を抱え立ち去る。

そろそろここも潮時か、次はどこへ行こうか。

そうして私はまた至高の死体を探しに行く。


否、正確に言うならば骨だ。

骨とは実に人間そのものと言える姿をしている。

人の外面はあまりにも簡単に変わってしまうが、骨はそう簡単には誤魔化すことができない。

勿論時を重ねれば変わる、だがその変化こそが、その軌跡こそが愛おしさなのだ。

ここの人間の軌跡もまた、味わい深いものであった。

だからこそ戦場は嫌いだ、骨が粉々に砕けてしまう。他の骨と混じってしまう。

荒事は嫌いだ、私が直接関与した骨など、不純物まみれだから。

だが、叶うならば...あえて願うならば


全人類の骨の軌跡を、この目に収めたい。

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