あの"赤"を、もう一度
私にとっての世界は、白と黒、それだけだった。
毘沙門天の化身である私には、その2色だけで十分だった。
そんな白黒の世界に、何の前触れも無く現れた、3色目。
それは、"赤"。
今まで見たことも無いくらい綺麗で、眩しくて、鮮烈な"赤"。
けれど"赤"は、放っておくと、すぐに離れていってしまう。
─────もっと、見たい。
私は思わず、"赤"に手を伸ばした。
─────もっと、近くで見たい。もっと、永く見たい。
誰かに求められる事は、今までに何度もあった。
けれど、自分から何かを求めた事は、生まれて初めてだった。
だから、戦った。
あの場所で、戦った。
戦えば、"赤"は私の傍に居てくれるから。
戦えば、"赤"も私を見ていてくれるから。
─────いつまでも、どこまでも。
戦って、戦って、戦って。
─────貴方と、二人で。
けれど。
''赤"は、消えてしまった。
私を置いて、消えてしまった。
─────なんで?
"赤"が消えれば、私の世界も、元通り。
─────なんで、置いていくんですか?
白と黒、それだけの世界。
昔は、それが当たり前だったのに。
あの"赤"を知ってしまった私にとって、その世界は、あまりにも。
─────つまらない。
それでも、必死に、楽しさを求めた。
酒。
昔、教えてもらった、楽しい味。
塩。
昔、彼に贈ったら喜んでくれた、楽しい物。
酒を飲んで、塩を舐める。
塩を舐めて、酒を飲む。
飲んで舐めての、繰り返し。
楽しいと、楽しいで、とっても楽しい。
はず、なのに。
─────足りない。
"赤"がくれた楽しさには、足りなくて。
いつの間にか、"赤"が教えてくれた『楽しい』が何だったのかも、分からなくなってしまって。
そんな時だった。
『どんな願いも叶えてくれる盃』の話を聞いたのは。
─────もし、叶うなら。
そんな嘘みたいな話に、縋り付いた。
─────願いが、叶うなら。
自分の手の甲に浮かんだ痣に、縋り付いた。
─────もう一度。
盃を手にするには、英霊とやらを喚ばなければいけないらしい。
正直、どこの誰が来ようと、どうでも良かった。
誰が仲間になろうと、誰が敵になろうと。
盃は、必ず、私が手に入れる。
─────あの"赤"を、もう一度。
聞いた通り、床一面に模様を記す。
そして、まるで祈りでも捧げる様に、教えられた言の葉を紡いだ。
「─────抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。」
そう、言い終えた時。
手の甲の痣が、模様へと姿を変えた。
あの"赤"によく似た色の模様。
その形は、まるで向かい合う龍と虎の様だった。
ふと、床に記された模様の中心に、誰かが立っているのに気付く。
顔を上げると、そこには。
"赤"が、あった。
「サーヴァント、ライダー。武田晴信。召喚に応じ───」
「─────はる、のぶ?」
「……マジかよ…。」