あの時の話をしたいから……
けれど、しばらくの間オモダカさんがアオキさんと顔を合わせる時間はありませんでした。
実際のところリーグ職員であればオモダカさんのスケジュールは確認出来ますし、避けようと思えば避けることは簡単です。アオキさんもオモダカさんも忙しい身なので今までもすれ違いが続き中々会えないこともあったのですが、普段ならここまでずっと会えないということはありません。この状況はアオキさんに明確に避けられているのだと思います。
ポピーちゃんも「さいきん、アオキおじちゃんになかなかあえないですの」と少し不審に思っているようですし、あの夜のことを知るチリちゃんはかなり不満そうです。ちなみにアオキさんはオモダカさんが外に出ている間に本部に報告に来ていたようで、チリちゃんとポピーちゃんの二人は一度か二度くらいは会っているようです。チリちゃんが不満をこぼしていたことからも、やはりアオキさんに何かしら思うところがあるのでしょう。
オモダカさんとしてもそんなアオキさんに対して何とも言えない思いはありますが、あんな事の後なので気まずいという思いは理解出来ない訳ではありません。仕事の関係上いつまでも避け続けることなんて出来ませんし、そのうち来るだろう、と思うことにしていました。
初めは気にしないようにしていたけれど、1週間経っても2週間経ってもアオキさんに会うことは出来ません。そんな時に限って業務の上で直接アオキさんに会う機会はありません。けれど呼び出す理由もないのに無理やり呼び出したくはありませんし、待つことしか出来ませんでした。
そうこうしているうちに気付けば1ヶ月近くの時間が経っていました。
今日は夕方に久しぶりにチャンピオンテストの予定が入っています。テストがある時は四天王は待機しなければいけないのでアオキさんも必ず来ますし、時間的にこの後に他の業務は入れていないでしょう。ちょうどいい機会です。いい加減に状況を改善させたいとオモダカさんは思って、今日を待ち望んでいました。
チリちゃんが面接に入ったところでオモダカさんは皆の待機する部屋に顔を出します。既に四天王の3人ともが部屋で待機していました。覗いてみたところ、ポピーちゃんがアオキさんにくっついています。ノックの前に漏れ聞こえた声からしても顔を出さないアオキさんに疑問と不安をぶつけていたのでしょう。
「お疲れ様です」
「おつかれさまですの!」
「お疲れ様ですよ」
「……れ……す」
久しぶりに見たアオキさんはいつもと変わらない表情の薄い顔で、かすかに挨拶のような何かを呟きながら目を逸らします。いつもと変わらないアオキさんの姿にほっとしましたが、いつもとそう変わらないとはいえまともに自分を見てくれないアオキさんの態度に少し胸の奥が痛んだような気がします。
そんな部屋に入ったオモダカさんはアオキさんの正面に回り、もう一度声を掛けました。
「お疲れ様です。アオキ」
「……お疲れ様です」
既にあの夜に送ってもらった礼を言うには今更なくらいには時間が経っていますし、避けられていたであろうことをわざわざ当てこする気もありません。
こちらを見ないのはいつものことと言えばいつものことです。きちんと挨拶が聞こえただけで十分。そう自分に言い聞かせながらオモダカさんは彼をまっすぐに見つめて言いました。
「この試験の後、話があります。すぐに帰らないで残っていて下さい」
「それは業務命令ですか?」
「いいえ、個人的な貴方へのお願いです」
その言葉にアオキさんがかすかに眉を寄せます。
業務命令と言わなければ帰ろうとするかもしれませんが、そこで業務だと嘘をつきたくはありません。実際仕事に関係はないことですから。ハッサクさんとポピーちゃんの前で言い渡して、二人の視線を抑止力として利用している時点でアオキさんにとっては迷惑な話なのかもしれませんが。
そうして伝えたいことを伝えたところでオモダカさんは部屋から出ます。最後に肩越しに皆に声を掛けます。
「それでは、私は呼ばれるまでは上におりますので。よろしくお願いしますね」
今日の挑戦者がオモダカさんのところまで来るかどうかはわかりませんが、どんなに早くてもオモダカさんに声が掛かるまで小一時間はかかるでしょう。その間に自分の仕事を終わらせておかねばなりません。この後に備えて。
そうして、数十分後。オモダカさんの執務室の扉が開き、ポピーちゃんが顔を出しました。
「トップ、おわりましたの!」
「お疲れ様です。ポピー、結果はどうでしたか?」
「ちょうせんしゃのおにーちゃんはとってもがんばってチリちゃんをたおしましたの。なので、ポピーがチリちゃんのかたきをとりましたの!」
「ちゃんとポピーが仇を取れたのですね」
「ダイオウちゃんががんばってくれましたの!」
ポピーちゃんの話によると挑戦者はチリちゃんを倒すために戦闘中に何個も回復薬を使ったりしていたようで、それで薬を使い果たしたのかポピーちゃんと戦った時にはだいぶ皆くたびれていたそうです。聞いた限り準備不足や実力不足は否めませんが、そこで弛まずに鍛え直してオモダカさんのところまで来て欲しいところです。そう挑戦者に思いを馳せながらオモダカさんはポピーちゃんと共にまだ皆がいるはずの下の階へと向かいます。
すると部屋の前に立ったところで、揉め事らしき声が聞こえます。こちらの様子を伺うポピーちゃんと共にオモダカさんは立ち止まりました。
「アオキ、トップに残っているように言われていたでしょう? どこへ行こうとしているのですか?」
「トップを避けるのもたいがいにせぇや?」
「……今日の業務は終了したのですから、後は強制力はないのでは?」
「個人的なお願いこそ、無視すべきものではないでしょう。トップからそんなことを言うのは珍しいではないですか。何があったのかは小生は知りませんが、きちんと向き合うべきではないのですか?」
「せや。いい加減気まずいとかそんな言葉で誤魔化すような時期はとっくに過ぎてるやろ? あれからどんだけ経ってる思うとんねん」
いつまでも待っている訳にもいきません。オモダカさんはひとつ深呼吸をして、ドアを開けます。
「お疲れ様です」
オモダカさんが声を掛けると、3人はこちらを振り向きます。チリちゃんが苛立ちを隠しもせずにアオキさんを睨んでおり、ハッサクさんは咎めるような顔で出口の前に立ち塞がっていたようです。漏れ聞こえた声の通りアオキさんはオモダカさんのお願いを無視して帰ろうとしていたようです。想定内ではありますが、また少し胸が痛みます。
オモダカさんの顔を見たアオキさんは何か言いたげに口を動かしましたが、その前にオモダカさんは彼に声を掛けます。逃げ場を奪うように。
「それでは、アオキは上に来て貰えますか?」
そうしてそのまま執務室に連れて行こうと思っていたのですが、踵を返す前にチリちゃんが提案します。
「トップ、今日の仕事終わっとるならもう上がればええんちゃう?」
「え?」
「ずっとアオキさんに会いたかったんやろ? 執務室やなくて、もっと違うとこでゆっくり話してきたらええんちゃう?」
「……そうですね」
確かにこれからアオキさんに話したいのはあくま私的なことです。執務室で話すことではないのは確かでしょう。アオキさんは不服そうでしたが、皆の視線に諦めたのかため息をひとつつきました。
そうして、皆が帰る前にオモダカさんも一度執務室に戻って業務を終え、帰り支度をしてアオキさんと共にリーグを出ます。これからどこで話をしようか。そう考えながらオモダカさんはアオキさんに聞きました。
「食事はどうしますか?」
「いえ、話が終わったら帰って食べますので」
「では、私の家に来ますか?」
「……どうしてそうなるんですか?」
「他に人目を気にせずゆっくり話せる場所はないではないですか」
「男を家に上げるものではないと、あの時言いましたよね?」
「あの時の話をしたいから家に来いと言っているんです」
オモダカさんの提案を聞いてアオキさんは不機嫌な顔をしましたが、オモダカさんも負けずに言い返します。
もちろんアオキさんの忠告は覚えていますが、オモダカさんだって理解したその上で提案しています。襲って欲しいとは言いませんが、あの夜のアオキさんの気持ちを知りたいのです。思い出して貰うのなら自宅に招くのが一番確実でしょう。
その上で、アオキさんが本気で望むのならばそれでも構わないという思いはありました。またずっと会えなくなるよりも、その方がいいと思っています。
アオキさんはそんな気持ちは知ってか知らずか、嫌な顔をします。けれど引く気のないオモダカさんを見てため息をつき、言いました。
「……わかりました。なら、さっさと終わらせましょう」