あの日の最後
思い出したいのに思い出せないIFローのちょっとした話
ちょっとしたって言ったけど割と長い
正史ローは「ロー」、IFローは「“ロー”」と表記してます
悲鳴と怒号の飛び交うあの日あの瞬間の光景
自由に動かない体で振り上げた愛刀
足元には項垂れる様に、首を差し出す様に座る同盟相手
自分の意思に反して振り下ろす刀
「 」
「ッ!!!」
飛び起きて辺りを見回す
見慣れた部屋の景色に安堵して大きく息を吐いて、そうして寝汗で服が湿っている事に気が付いた
「麦わら屋の最後?」
「あぁ……」
翌朝にもう1人の自分に相談をする
あの日あの時、操られていたとは言え自分自身の手で同盟相手を殺したその瞬間、彼が何を言っていたのか、どんな表情をしていたのか、今は思い出せなくなってしまっていた
もう覚えているのが自分しかいないのにも関わらず、それを思い出せない事にどうしようもない程に罪悪感を覚えており、何とか思い出そうとしても余計に記憶に霞がかかってしまう
「こんな相談自体、するのが可笑しいのは分かってるんだが、忘れるのは死んだ麦わら屋や、あいつの仲間達に申し訳が立たなくて……」
「成程な。とはいえ、俺には皆目見当もつかないんだが。」
あくまでも同盟相手という立ち位置であり仲間ではない。どうしても関わりは浅くなるローは何も思い付かなかった
「と言う訳で、お前等何か思い付くか?」
「待て待て待て!だとしても可笑しいだろ!」
そう制止をしてくるのは麦わらの一味狙撃手ウソップ
困惑の目を向けてくるのは航海士ナミと船医チョッパー
先の相談内容を、殆どそのまま麦わらの一味に問うローに、“ロー”も流石に唖然としていた
「そりゃあ確かに、お前と比べりゃ俺達の方がルフィの事は分かるが、それを仲間である俺達に聞くか普通!?」
「それは俺も理解してる。だがこれ以外に解決方法が思い付かねェ」
「アンタ、偶にルフィみたいにとんでもない行動に出る時あるわよね……」
呆れる様に頭を抱えるナミに対して、全く気にしていない様子のローは話を続ける
「お前等が思い付かないなら、他のクルーはどうだ?誰か答えられそうな奴はいるか?」
「いやいねェだろ」
俯く“ロー”を心配してチョッパーが足元へ歩いて行く
小さく震えるその体に気が付き、チョッパーは”ロー”の脚に優しく抱きついた
「大丈夫か?」
「あ、あァ……」
「俺、忘れたくないってトラ男の気持ち分かるけど、無理はしちゃいけないからな」
「……ありがとう。けど、これは無理してでも思い出したいんだ」
弱々しい声とは裏腹に、その目は真っ直ぐ、強くチョッパーを見詰めていた
「あら、そんな事になっていたのね」
考古学者のロビンは読んでいた本を閉じ、少し考える様に手を口元へと持っていき、近くで自分をメンテナンスしている船大工のフランキーと、バイオリンを演奏している音楽家ブルックへと視線を移す
「私は全く思い付かないのだけれど、2人はどう?」
「随分無茶言いやがるな。そもそもルフィが死ぬ所なんざこれっぽっちも想像出来ねェ」
「そうですね、彼はどんな状況でも諦めない方ですから」
「そうか」
変わらず答えの出てこない問答を繰り返しているローと麦わらの一味のクルー達に、申し訳なさがふつふつと湧き上がる“ロー”は、風に揺れる右袖を強く握り締める
そもそも自分があの時負けなければこんな事にはなっていないのに、誰も死なずに済んだのに。そんな自責の念がグルグルと頭の中を巡っていた
「んー、分かんね!」
あっけらかんといつもの笑顔で答える船長ルフィに頭を抱えるロー
サニー号の船首、いつもの特等席に座るルフィに問い掛ければ、少し考えてそう答えられた
本人にそんな事を聞くのは流石にどうかと“ロー”も止めたが、あまりに気にしていない様子のルフィに逆に驚いた
「お前さん達、全員に聞いて回っておるんか?」
操舵手ジンベエに聞かれれば、ローはすぐに肯定で返す
「お前は何か思い付くか?」
「そうじゃのう。ワシは1度死にかけたルフィは見た事があるが、何を言うか、と聞かれるとちと難しいのう」
「あの時はトラ男がいて助かったよ!ありがとう!」
「今更だな。それにあれは気まぐれだ、礼を言われる覚えはねェ」
「にししっ!」
船首から甲板に降りたルフィは“ロー”の肩を数回叩いた
「分かんねェけど、多分そんなに気にしてねェと思うぞ!海賊なんだ、いつ死んだって可笑しくねェからな!」
相変わらずの笑顔でそう言って、おやつを求めて走って行ってしまった
別世界とはいえ自分自身の死の話をされたとは思えない様子のルフィに、若干の安心感を抱いている“ロー”だったが、やはり何も掴めない事に焦りもあった
「後はゾロ屋と黒足屋か。」
「サンジは今夕食の準備中じゃから、後にしてやってくれ。」
「ゾロ屋は?」
「さぁ、酒を買いに行ってからまだ戻ってないのう。」
またいつもの方向音痴が発動したのかと呆れるローは、仕方が無いと一旦自分の船に戻る事にした
自身の船でも細やかながらも問題が発生したりした結果、中々時間が空かずに夜も更けた頃、改めて麦わらの一味の船に行こうとした2人のローだったが、ポーラータング号の甲板に出た時に“ロー”は足を止めた
「どうした?」
「……いや、やっぱり止めておいた方が良いかと思って」
そもそもこんな事を聞いて回ったところで解決するとは思えない、それこそ失礼だろうとか細い声で零せば、ローは鬼哭の鍔で“ロー”の頭を軽く叩いた
何故叩かれるのかと困惑する“ロー”だったが、そんな困惑等気にも留めずにローは能力でサニー号の甲板へと2人で飛ぶ
「俺は、もしも自分の記憶が一部抜けているなら、それを何が何でも思い出す努力をする。お前は俺だ。なら、お前の記憶でも思い出す努力はする。それに、元を辿ればお前が言い出した事だ、最後まで貫き通せ」
そう言って先に歩き出したローの後ろ姿が、あまりにも自分とかけ離れている事に、どうしようもない程に苦しくなった
あんなに逞しく、あんなに凜々しいかつての自分の背に、こんなにも劣等感を抱く自分が嫌になる
チクチクと痛む胸を何度も深呼吸をして無理矢理落ち着かせ、先に行ってしまったローを追い掛けた
「遅ェぞ」
「突然つまみ要求してきたくせして何偉そうにしてんだクソまりも!!」
「あぁ゛?煩ェクソコック」
「んだとテメェ!!」
夜中だと言うのに騒がしい声と会話の内容からして、誰が甲板にいるのかすぐに分かった
「ゾロ屋、黒足屋、今良いか?」
先に行っていたローが、壁に寄り掛かり酒を持つ剣士ゾロとつまみを乗せた皿を持つコックのサンジに声を掛けていた
追い付いた“ロー”を見て、別世界に関する話だろうとすぐに理解した2人は、一旦酒と皿を置く
ローは2人に、他のクルーに話した事と同じ内容の話をする。その間“ロー”は俯き、痛む胸を強く握り締めていた
話が終わった時、ゾロもサンジもキョトンとした顔をしていた
「そりゃ、アレだろ」
「あァ、間違いなくアレだろうな。状況も割と似てるし」
「何でウソップやナミが分かんねェんだ?」
「あの時あそこにいたのは俺とテメェの2人だったろうが」
「そうだったか?」
納得の後、2人しか分からない内容の会話を繰り広げていたが、2人のローは全く予想していなかったその反応に驚愕していた
「分かる、のか?」
驚き、それと同時に少しの恐怖心を抱く“ロー”は小さく震えながら右袖を掴む
サンジは煙草を取り出して火を点け、一呼吸置いてから話し始めた
「ありゃ結構前だな。ローグタウンに行ったんだが」
「ローグタウン、海賊王の処刑台のある街か」
「そうだ」
「処刑台の上でバギーにルフィがとっ捕まって、剣で首切り落とされそうになったんだよな」
「あの時は焦ったな。けどな、ルフィは笑って言いやがったんだ」
「「『悪ィ、俺死んだ』ってな」」
その言葉を聞いた瞬間“ロー”の脳裏にあの日の光景がフラッシュバックした
悲鳴と怒号の飛び交うあの日あの瞬間の光景
自由に動かない体で振り上げた愛刀
足元には項垂れる様に、首を差し出す様に座る同盟相手
自分の意思に反して振り下ろす刀
その時確かに
彼は笑っていた
「悪ィ、俺死んだ!」
ボロボロと涙が溢れ出し、その場に膝を突いて声を上げて“ロー”は泣いた
忘れていてごめんと何度も謝った
そして思い出させてくれてありがとうと、目の前にいる麦わらの一味の両翼に何度も礼を言った
漸く肩の荷が下りたとローは小さく息を吐き、ゾロとサンジは小さく笑っていた