あの子の宝物
もうすぐエルちゃんの一歳の誕生日なんだって。だからそのパーティーを開きたい、と拓海くんから誘われた。
別に良いけど、そういうのは普通、エルちゃんのご家族が催すものじゃないかな?
私の疑問について、拓海くんはこう説明してくれた。
エルちゃんは今、複雑な事情でご両親と一緒に暮らせないんだ、って。立ち入った事情は教えてくれなかったけど、でも、ご両親はエルちゃんのことをすごく大事に想ってて、一緒に居たくても居られない、どうしようもない事情だって教えてくれた。
「だから俺、エルちゃんのこと全力でお祝いしてあげたいんです。君はちゃんと望まれてこの世界で生きているんだ、ってあの子に伝えてあげたいんです」
そう語る拓海くんの表情はとても真剣で、まるで自分のことみたいに、エルちゃんのことを想って話してくれた。
うん、わかるよ。その気持ち、私もよくわかる。
幼い頃、私は誕生日をいつも病院で迎えていたから。時には体調が悪化して、せっかくお祝いに来てくれた両親を心配で泣かせたりもした。
毎年、誕生日を迎えるたびに、両親は安堵と、そして来年はもう同じ日を迎えられないかもしれないという不安で、いつも泣いていた。
「うん……みんなで、いっぱいお祝いしようね」
エルちゃんと出会えた喜びをみんなで分かち合って、そして生きる喜びを感じて欲しい。そのお手伝いを、私もしたい。
「それで、花寺先輩にちょっと相談なんですけど」
「うん、良いよ。なに? なに?」
「あの…エルちゃんの誕生日プレゼントを一緒に買いに行ってもらえませんか?」
「ふわぁっ!? わ、私と!?」
「だ、ダメですか? 正直、一歳児の赤ちゃんが欲しがるものって検討がつかなくて……」
「まぁ確かに? 頼ってくれるのは嬉しいけれど、でもそれならエルちゃんの面倒をみてるあまねちゃんが一番適任じゃないかな?」
「あいつもよくわからないって。だから俺のセンスに任せたぞ、って丸投げされたんですよ」
と、困り顔の拓海くん。
あまねちゃんも彼のことを信頼してるんだろうけど、戦友という近い距離感で結ばれてる分、扱いがけっこう雑というか、遠慮がない気がするなぁ。
「だったらいっそ、ゆいちゃんを誘ったらどうかな。それでそのままデートっぽい感じにしちゃうとか」
一石二鳥を狙ってこう提案してみたけれど、彼は真面目な顔で首を横に振った。
「あいつも、こういうのには向いてないんです。おもちゃとかより食べ物ばっかりに目が行ってしまいますから」
「そんな断言しなくても」
「別に無碍にしてる訳じゃ無いですよ。ゆいとは明日、エルちゃんのバースデーケーキを一緒に作ることになってますから」
「あ、そうなんだ」
「ゆいは食事で相手が笑顔になるのが大好きなやつだから、エルちゃんのために全力を尽くせると思うんです」
「そっかぁ……」
ゆいちゃんが一番得意なことで、エルちゃんをお祝いさせてあげたいんだね。
私は思わずクスクスと笑った。
「先輩、なんで笑うんですか」
「ふふっ、過保護なお兄ちゃんだなぁ、って」
「お兄ちゃんって、気にしてるの知ってて言うのやめてください!?」
「えへへ、ごめん。でも事情はわかったよ、ここはのどかお姉ちゃんに任せてね」
冗談めかしてそう言ったけど、拓海くんは可笑しそうにじゃなくて、ありがとうございます、って嬉しそうに微笑んでくれた。
懐かしい笑顔だな、って……そう思った……
赤ちゃんグッズを取り揃えたベビーザ◯スは、おもちゃ屋さんト◯ザらスと併設されていた。そのおもちゃ屋さんの店内を通って奥の赤ちゃん用グッズコーナーに行く途中、拓海くんは、あるオモチャに目を向けて、立ち止まった。
それはワゴンに山積みにされた、値引きシールが貼られた古い玩具だった。
「どうしたの?」
「あ、すいません。ちょっと懐かしくて…」
ワゴンに積まれた、指輪状の小さなおもちゃ。男の子向けなのに指輪ってすごいチャレンジしてるのはわかったけど、多分そのせいで売れ残っちゃったんだろうな。って、なんとなく察することができた。
拓海くんはその一つを手に取って、懐かしむに笑うと、それをワゴンに戻した。
「買わないの?」
「この歳じゃ、恥ずかしくて買えないですよ」
「でも……好きだったんでしょ。仮面ドクターウィザードの指輪」
「ゆいから訊いたんですか。俺が昔それにハマってたってこと」
「……うん」
彼は肩をすくめると、少し早足になって先へ進んだ。
私もその後について赤ちゃんグッズコーナーに足を踏み入れる。
「エルちゃん、この前公園で木の実をいじって楽しんでたから、定番の積み木がいいのかな」
「あまり大きかったり量があるとご両親のところに帰るとき荷物になるんじゃないかな?」
「それもそうですね」
二人で相談しながら肩を並べて品定めをしていく。
「エルちゃんよくおしゃべりするから、この小さなヌイグルミなんてどうかな?」
「おしゃべりでヌイグルミ?」
「ヌイグルミは赤ちゃんにとって初めてのお友達なの。だからいっぱい話しかけようとするんだよ。……ふわぁ、このピンクのウサちゃん…可愛い…ラビリンに似てる…」
懐かしい友達によく似た子を見つけて、思わず手を伸ばしかけた。
あ、ダメダメ、今日はエルちゃんのお友達を探しに来たんだからね。
……でも、この子、ラビリン……ふわぁぁ……我慢、我慢〜!
そう思ってたら、拓海くんが横からそのぬいぐるみを手に取って買い物カゴに入れた。
「え、それにしちゃうの?」
「いいえ。でも先輩がすごく欲しそうだったので」
「じゃあダメだよ。私じゃなくて──」
「先輩用に買いたくて」
「ふぇ?」
「今日付き合ってくれたお礼したくて。だからこれ、先輩用です」
ふぇ…ふええええええ!?
その後も色々と観て回って、エルちゃんにはオレンジ色したまんまるプクプクなトリさんのぬいぐるみをプレゼントすることにした。
二人並んでの帰り道。私の手には、ラビリンそっくりのウサちゃんが居た。
「ありがとう、拓海くん」
「こちらこそありがとうございました。本当に助かりましたよ」
「うん……あ、そうだ。私からも拓海くんに渡したいものがあったんだ」
「え? 俺に?」
「うん。いつも頑張ってる優しいお兄ちゃんに、お姉ちゃんからのご褒美です」
そう言って私は、帰り際におもちゃ屋さんで買ってきた品物を納めた小袋を手渡した。
「開けてみて」
「は、はい…。あ、これ…」
そこにあったのは、ワゴンセールされていたおもちゃの指輪。
──お姉ちゃん、これね、僕じゃなくて、お、俺の宝物!
──仮面ドクターウィザードの指輪だよ!
──ウィザードはね、希望のお医者さんヒーローなんだ! だから、これつけてたら、お姉ちゃん絶対に治るから!
──仮面ドクターが助けてくれるから!!
「私も好きだったんだ、仮面ドクターウィザード。かっこいいよね」
「あ……はい……でも、どうしてこの色が欲しいってわかったんですか……?」
「ん〜……お姉ちゃん、だからかな?」
あの子が一番の宝物だって、私の指に嵌めてくれたピンク色の玩具の指輪。
それはまだ、私の部屋の引き出しに、思い出と一緒に大切に仕舞い込まれている。