あの子の夢

あの子の夢


それにしても修兵が副隊長かぁ、と、楽しげに声を上げたのは笠城だ。

修兵は昨日、隊長格の前で正式に九番隊副隊長として任命され、通常業務としては本日が副隊長初日と言っていい。

なお九番隊は広報部門を手掛けており他隊よりも業務の種類が多く席官達の連携も重要になってくるため、通常の隊長・副隊長で使う隊首室の他に、上位席官十席までが主に出入りする『席官室』というものを設けており、こちらにもそれぞれの机がある。六車も、普段はこちらで仕事をすることが多く、他隊の隊長との打合せや閲覧権限が更に限られた書類等を扱うときにのみ、自分とその書類に関係のある部下だけで隊首に移動し執務というスタイルを取っている。

そのため副隊長となった檜佐木も自然にそういうスタイルになるだろう。今も隊長の六車から七席の藤堂までが一堂に顔を突き合わせながらの執務だ。

実際に十席までがこちらに入り浸ることはなく、この部屋で通常業務をするのは大抵、この藤堂までとなっている。

「自分でも全然実感ありません。それに皆さん、本当によかったですか?俺なんかで…」

「またそういうことを言う。君が副隊長就任を受ける、受けないの話をしたときにそのあたりも話しただろう?」

「でも東仙さんは卍解を使えるし、笠城さんだって白さんと並んで戦闘の中心にいるし、文官としての主軸は衛島さんと藤堂さんでしょう。文武どちらに主軸をおいて副隊長を決めるにしても、俺以外の方の方が…。」


正直、副隊長は隊長以上に直接下に関わることも多く隊長との間に立つことも多い。

上と下のつなぎ役が求められるため書類仕事は場合にもよるが隊長より多いこともある。それを思えば白を交代させようという話になったのは解るし、白が渋らないのもわかるのだが、それにしても何もおれじゃなくても…というのが檜佐木の思いだ。


なにしろここにいる人達はみんなただの細く無力な子供だった自分をこの上なく可愛がってくれた大好きな人たちで、なおかつその贔屓目を抜きにしてもそれぞれ相応しい能力を持っている。

「俺のせいで皆さんの席次が1つずつさがってしまったし…」

 複数人任命可能な席からは問題ないが、ここに居る上位席官たちの位は1つ下がった。

「それも納得してるっていう話もしたぞ修兵」

衛島や藤堂に言われても、そうですけど、と返してしまった。

「檜佐木、」

と静かな声が落ちる。

「そう卑下しなくても、悪意なんてものは嫌でも傍にあるものだよ。わざわざ君自身が君の望みを否定することはないんだよ」


わかるだろう?と微笑んだのは、檜佐木にとって六車とは違う意味で特別な人となった、師である東仙だ。彼が恐怖との向き合い方を教えてくれなかったら、死神として居続けることは不可能だっただろうと檜佐木は確信している。

 幼い自分を救い育ててくれた絶対の憧れと敬意はどうしても六車に向くが、死神としてそれと同じくらい尊敬できる師だ。

そういう意味で言うならば衛島も文官としてのノウハウを修兵に教え込んでくれた師でもある。

「はい。東仙さん。それは承知しています。でも…」

「あのなぁ修兵、わかってるか?お前これからコイツらに『命令』するんだぞ。頑張れよ」

 どこか愉しげに、今まで黙っていた六車までが会話に参加した。

「………、」


あたりまえの六車の言葉に、修兵の思考はけれど瞬間、停止した。


「めー、れー?」


クッ、と喉を鳴らして笑い始めたのは修兵以外の全員だった。

「え、え?え?」


「その、初めての言葉とか解んない言葉を聞いた時のひらがなしゃべり、変わってねぇなぁ」

「だ、だって仕方ないじゃないですか!皆さんに命令、なんて想像したこともないんですから!」

「想像したことなくても現実にそれやるんだぞー」

「…ほんとに?」


まだ頭が現実に追いついていないらしい檜佐木に六車はつい、良い子良い子と頭を撫でてしまう。

「東仙、剣術教える時にどうして少しは腹芸教えておかなかったんだ。こんな素直で大丈夫なのかこの子」

「そう言われてもな。元々の気質だろう。私も檜佐木は純粋すぎるとは思うが変わらずにいてほしい気もしてね」


「ちょっと衛島さん、東仙さん!何言ってるんですか!その会話恥ずかしいからやめてくださいよ!」


真っ赤になって抗議してくる姿すら、このメンバーにとっては可愛いものだ。

「そういえば昔は鬼道見て口開けてたもんな。『きどーっていうの?まほう?』って、ほわぁって」

「藤堂さんまで!」

「そういえば、難しいかもって思いながら斬魄刀の話をしてやった時、『せいしんせかい?っていうのがあるの?そしたら、修のそこ、けんせーいる?だってね、修、けんせーだいすきだよ』とかも言ってましたよ隊長」

「ちょっ、笠城さん、それは本気で内緒なやつ!拳西さんも、そんな嬉しそうにしないでください!仕方ないでしょ!精神世界の意味わかってない子供だったんです!!」

「いいじゃねぇか。もっと聞かせろ」

「駄目です!今業務時間ですよ!私語禁止!!もう、命令です!」

 恥ずかしさに耐えきれずに叫び、ゼーハーと1度肩で息をしてからハッとする。

「できたじゃねぇか。命令。それでいいんだよ。あんま難しく考えんな。」

優しい声がすぐ傍で聞こえて、見ると六車が満足そうに微笑っていた。

 周りを見るとみんなで同じ顔をしていて、嬉しいけどちょっとだけ悔しくなってムッとする。

こういうところが子供っぽいと解ってはいるけれど。


『おっきくなったら、修、ふくたいちょーになって、みんなとおしごとするからね!』


子供っぽく素直に、舌たらずで語った夢を皆覚えていてくれたんだ。


さあここからが、夢の先―――。





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