あにわらバイト事情。まとめ

あにわらバイト事情。まとめ


※初SSなので稚拙な点等目立つとは思いますが、ご了承くださいませ。共通概念はおおまかに把握しておりますが、個人的妄想や補完要素を入れています。時系列は、ワの国編(+キング奪還編)後の日常回をイメージしています。

※「あにわらバイト事情。」①②③をひとまとめにしたものです。


カモメの鳴き声が遠く響く昼過ぎ、とある島の一番広い港に停泊しているサウザンド・サニー号は静かだった。常に賑やかさと人の暖かさに包まれていたと考えるとその静けさが少し物足りなく感じてしまう。キングはドラゴンの背を撫でながら、ふとそう思った。百獣海賊団、その中でも大看板として戦いに明け暮れていた日々も満足はしていたが、ここ“麦わらの一味”の一員となって以降、その時とはまた違う安息が彼の心身を満たしていた。

こんなことは考えられなかった。自身にとっての居場所とは、恩人カイドウの側だけだった。彼の道こそが自身の人生だった。その人生がマグマと戦火によって消え去り、再び政府に拘束された時はそれこそ絶望したが、戦死したはずの恩人とその仇が共に救いに来てくれたのだから人生何があるかわからない。まさか仇が、恩人と自分の居場所をつくってくれるなんて思いもよらなかった。

けして口にしない、できない感謝の念。しかし、この思いは少しずつ本物になっていった。


サンジ「さて、ドラゴン。散髪の時間だぞ」


考え込むキングと、気持ちよさそうにしているドラゴンの下にサンジがやってくる。この2人と1匹が今日の船番である。

サンジは慣れた手つきでドラゴンの毛並みを整えていく。はさみから鳴るやや不規則ながら軽快なリズムと、カモメの鳴き声。平和な空間だった。キングが話しかける。


キング「手慣れているな」

サンジ「まあ、パンクハザードから一緒だからな。それにルフィやマリモじゃ丁寧にはできねぇし、いつもは他の奴がやってくれてるからな。おれも少しはできるようにならねぇと」

キング「大分練習したみたいだな」

サンジ「いや、ほんの少しだよ」


サンジは自らに課せられた負担を人に見せず、そしてその成果を人に与えることに何よりも価値を見出す。これは、新入りのキングもすぐに見抜けた。「ほんの少し」の練習では実現できない技術だ。ドラゴンもご機嫌そうに唸っている。


キング「コックじゃなくとも、美容師でも食っていけるんじゃないか?」


ふと、そう頭に浮かんだ。


サンジ「まーそれもありかもしれないが・・・いや無しだな、おれが麗しいレディ達の美しい髪を・・・」ブツブツ

キング「おい、切りすぎだ」

サンジ「あ」


ドラゴンは気にしてなさげだった。このドラゴン、名前もなければ性別も不明なのにいつの間にやら一味の立派な一員に納まり、誰もそこに疑問を抱かない。何しろ、戦闘能力は豊富だが性格が争いを好むものではなく、「出来損ない」と呼ばれゴミ山の上に放置されていた、とのことだ。心の痛みを知るからこそ、ミスを責めることもなく、歩容する。その点、キングはこの「後輩」に尊敬の念を抱いている。


サンジ「そろそろ昼時だな。キング、暇だろ?少し手伝え」

キング「良いだろう」

サンジ「今働いてる奴等の分の夕食の準備もしなくちゃな・・・」



上陸する前に調べたところ、この島は元は海賊達の集落から発展したという。その名残もあって海賊、一般人、海軍問わず歓迎してくれるらしい。お陰ですんなり、何のトラブル無く入港できた。現在の一味は、船番と交代しながら度重なる船の改造・改良によって無くなりかけの金庫を潤すべく、短期間のバイトに赴いているのである。

港に近い建設現場。人々の波を引き寄せるための商業施設予定地。港町特有の競りの声や日常の喧騒に負けんばかりと、機械と金属の音が鳴り響く。その中に、スーツ姿の2人組が入った。この港町の議員と秘書である。


議員「これが私が公役で掲げたショッピングモールだ。もっとも、今は建築途中だがね。明日はこの件の打ち合わせで市長と会うと聞いたが・・・何時だったかな?」

モネ「明日の午後1時です」

議員「うむ、ありがとう」


パリッとしたスーツを着たこの小太りの議員は、短期間でも良いからと、秘書を求めていたようだ。それに立候補したのが一味のハーピー、モネだった。ワの国のくノ一、しのぶから習った術を用い、研鑽し、長時間人間の姿を維持できるようになった。彼女は自らへの修練を欠かさない。それが日々優雅に、美しく生きる彼女の強さである。何も知識や思考の面だけでは、彼女を知ることはできない。


工事現場の親方「おー、来なすったか。議員さん。今んところはこんな感じで進めてるが大丈夫かね?」

議員「ああ、図面のままで頼みたいな」

親方「わかった。おーい新入り、そっちも頼むぜ」


モネは建設現場をあくせくと動く人の中に、人一倍、力強く働く巨躯を見つけた。その雄大な姿は本当に目立つ。モネは誰にも気づかれぬようにその巨躯にウィンクをした。「頑張って」と。返事は後ろ姿からの無言のグーサインだった。

しかし、今鉄材を何本も抱えて悠々と運ぶ姿から、誰が彼をかつての四皇と識別できようか?特徴的な髭とツノを見ると分かりやすいが、その仕事に対する真面目さからは中々たどり着かないだろう。

カイドウは基本的に真面目である。子供の変化に合わせて接し、海賊団の総督としての仕事もこなす。そのせいかストレスを溜めやすい傾向にあるが。かつて少年兵として架橋や防御陣地の設営もやらされていた経験が活きているようだ。経験は最年長の彼に勝る者は一味にはいない。



先輩「おーい新入り、休憩だ。弁当受けとれ」

カイドウ「お、有難うよ」

先輩「しかし、ホントでけぇなお前。それに力持ちだし、正直雇いたいとこだぜ」

カイドウ「ウォロロロ...すまねぇがそれは無理だな」


蓋をあけると、出来立ての弁当が湯気を立てた。丁度好物の魚(正確には魚の皮だが)が入っていたことが、カイドウの機嫌をもっと良くした。


先輩「しかし、さっき別嬪の姉ちゃんがお前にウィンクしてたが、知り合いか?もしかして、」

カイドウ「いや、知らねぇな。俺に気でもあるんじゃねえか?」

先輩「いや、お前の図体じゃなぁ」

カイドウ「ウォロロロ、それはお互い様だろ」


カイドウはふと思考を巡らせる。

「目立たないように、身元がばれないようにアルバイトをして稼ぐ」のが今回上陸した目的である。

ばれてしまえば第1級のお尋ね者なのですぐにでも捕まってしまう。

その為、カイドウは怪しまれないように一味とは無関係であることを装いながら、新人として働いている。これは他の一味も同じである。

―あいつら、目立ってねぇだろうな。



発展を続ける市街地。それに隠されるように、スラム街が広がっている。発展に伴う経済の格差によって置いて行かれた者達の居場所である。だからと言って、放置してしまえば街の治安を損なう恐れがあることから、所謂「弱者救済」(この様な強者からの発言を思わせる言い方は一味は好まないのだが)の政策は必要となる。

スラム街の中心部にある古ぼけ、所々欠けた跡がわかる噴水が目立つ、それなりな広さのある広場に、似つかわしくない真っ白なテントがあった。白字に赤十字を印字した幕で骨組みを覆い、屋根代わりのシーツも真っ白である。市議会が主催するスラム街居住者への健康診断と予防接種のための設営だ。医療機関の出張所として、見た目もまた清潔であるべし。そのような医療従事者の心構えが覗える。

その中に1人の青年がいた。一味の船医、トラファルガー・ロー。ドラム王国で得た医療免許によりこの場所での短期アルバイトを続けている。彼の心境は複雑だった。いや、不安に満ちていた、と言った方が正しいかもしれない。


(目立ってるじゃねえか)

その「噂」を初めて耳にした時、ローは渦中の人物が仲間であることを悟ってしまった。何やら港付近の建設現場でとても図体の大きい新人が近隣の人気を博しているらしい。力持ちで、特徴的なツノがあり、何やら火を吹く特技が凄いのだとか。ローは一連の話を聞いて倒れ込んでしまいたい程だった。

約1週間前、仲間に言い聞かせてきたはずだ。目立つな、と。自分達は犯罪者なのだ、だから素性がばれないようにしろ、と。まあ「偉大なる航路」の片隅にある地方都市のような島で、また海賊も歓迎するという島の考えで何とか助かっている所はあるとは言え、あからさまな行動は流石に怪しまれるぞ、と。

(一番の最年長が何してんだ!)

心中のざわめきが加速する一方で、ローの行動は落ち着き払ったものだった。予防接種に使った使用済みの注射針をまとめて捨て、新しいものを付け替える。怪我をしている者に使うガーゼや消毒液の補充。重要なデータとなる患者達の記録をまとめ、症状別にファイルにまとめる。

全ては彼が尊敬する師匠と父母から教えて貰った賜物である。医者たる者、患者に、人に優しさをもって接すること。優しさ、丁寧さは日々の言動から培うもの。だから、医療器具の扱いも正しくあるべき、ということ。その教えは一度たりとも忘れることはなかった。医者として当然の心構えである。

入港以前、救出され、船長の意向もあって一味に入ったキングは、そんなローの姿を見てこう思った。この男は継承する者なのだ、と。父母と家族、故郷の人々の遺志を。師匠から受け継いだ技術と心を。かつて、恩人に、降りしきる雪とそれを赤く染める血の中で、救われた命を。Dの意志を。この男は、それらを忘れることなく、受け継いでいくのだな。キングは観察の結論を思考の中でそう締めくくった。

閑話休題。

一連の作業を終え、やや遅い昼休憩を送るロー。近くにあった小高い丘の上に座り込み、差し入れでいただいたペットボトルの緑茶に口をつけながら、向こうに広がる景色を見ていた。後ろから声をかけられる。


ドレーク「どうやら随分と忙しいみたいだな、ロー」

ロー「仕事さぼりか?ドレーク」

ドレーク「いや、こっちも一段落ついたのでな」

ロー「・・・安心できるのはお前とチャカだけだ」

ドレーク「?」

ロー「いや、何でもねぇ。小耳に馬鹿が騒ぐ噂を挟んでな。つい気が立ってしまった」

ドレーク「あぁ・・・成程な・・・」


どうやらドレークも、例の「建設現場に新しく入った力持ちの新人」の噂を知っていたようだ。


ロー「それで、そっちはどうだ?順調か?」

ドレーク「やはり全体の数を把握することは難しい。だが、担当の職員に聞いたところ前回行なった時と比べ保護できた数は遙かに多い」


ドレークもまた、市の主催する野良猫、野良犬をはじめとする動物の保護事業に携わっていた。スラム街などで不衛生になってしまうのはけして人間だけではない。動物もまた、汚染に苦しみ、悪い菌の媒体となってしまうのだ。その為、安全で平和な空間に保護し、新しい飼い主との出会いの場を設ける。動物をこよなく愛する彼にとってぴったりの仕事だった。犬や猫、は虫類、形態を問わず優しさをもって接することのできる彼。元は海軍将校だったのが海賊に転向した、という過去もあってか、様々な違いを超えて、不器用ながら寄り添ってくれる姿勢に救われた仲間は多い。


ロー「・・・ネズミには気をつけろよ」

ドレーク「当然だ。彼等もできる限りは保護している。危険すぎるものを持っていた場合は処分することにはなるが、それでも救えたものは多いはずだ」

ロー「そうか」


素っ気ない返事だが、お互いに気にする素振りはない。慣れ親しんだ証拠である。と言えども、恥ずかしがり屋な船医はそれを口頭で否定するだろうが。


ドレーク「しかし、もうばれてしまいそうになるとはな」

ロー「全くだ、俺が何度も注意したのを忘れやがって」

ドレーク「そうだな、人々もまさか突如として雪が降るとは思わなかったのだろう」


一瞬の凪。


ロー「雪?何を言っている、俺が聞いたのは火を吹く新人だぞ、ドレーク」

ドレーク「火?雪じゃ無いのか。真反対だぞ」

ロー「・・・俺が知っているのはご機嫌になると一発芸などと抜かして火を吹くいい年こいたアル中野郎だ」

ドレーク「先日のことだが、とある市議員の子供が誤って風船を手放してしまったらしくてな。何やら天使についているような羽根をつけた女性がそれを取ってきてくれたらしい。緑の髪と整った顔立ちが目立って人気になったようだ。俺はてっきりこの話だと思っていたのだが・・・どうした、顔色が悪いぞ。疲れてしまったのか?水分が足りないなら俺のを・・・まだ口は付けていない」

ローは気が遠くなりそうだった。いっそ気を失って倒れ込んでしまいたい程に。



黒塗りの荘厳さを醸し出す高級車が、市街地の中を真っ直ぐ突き抜ける車道を進む。とある市議員の乗用車である。


議員「さて、帰ったらお茶にでもしようか。君も一緒にどうかね?」

モネ「えっ?」

議員「いやね、我が娘が君のことを気に入ってしまったようなんだ。この前、娘が手放してしまった風船を取ってきてくれたんだろう?」

モネ「その節は申し訳ありませんでした・・・」

議員「何故謝るのかね。何か、気に障ってしまったかね」

モネ「いえ、あの姿を見せてしまったので」


モネはハーピーのように、四肢が鳥類のそれに置き換わっている。その姿は特に目立つ。一味が旅路に通りがかった各地で、奇異に見られることは多く、その視線の中には一概に良くないものもあった。議員はそのことを悟った。


議員「いや、気にすることはないよ。大丈夫だ。どんな姿でも君は私の秘書なのだ、自信を持ちたまえ。それに、その翼があったからこそ娘の笑顔は失われなかったのだから」


モネはそれを聞き、心が少しずつ暖まっていくのを感じた。議員もまた、これ以上は何も語らず、静寂ながら長閑な雰囲気が車内を包む。ありがとうございます、とモネは独りごちるように述べた。議員は微笑みを崩さなかった。

そうしている内に、車は屋敷の中に入る。屋敷といっても、一般の家庭より少し大きめに建てられているだけだが、色とりどりと、鮮やかに飾られた庭が魅力の一軒家だ。議員とその家族は晴れの日の午後に、いつもお茶を嗜んでいるらしい。

門を通る際に、モネは警備員の1人と目が合った。お互いに笑みを交わす。褐色の、砂漠に住む人にある特有の肌は、これもまたスーツによって、まるで熟練のSPの様になっていた。

チャカは、一味の中で船長に続いて人望がある、と言っても過言ではない。元はここから遠い砂漠の王国出身で、某王家七武海の一人による王国簒奪作戦の中、敢えて敵地で王女を護り続けた高官。大人の貫禄と余裕を持ち合わせ、一味に入った後も頼れる年長者として、皆を支え、時に相談に乗り、怒りの雷を落とし叱る時もあれば、皆の成長を喜び、自ら率先して動くのがチャカという人物だった。もし、例えば自らの権威に溺れ、また他者に理解を示さない人物であったら、ここまで慕われることはなかったであろう。

だからこそ、あの時は皆で支えよう、と思ったのだ。ワの国における革命を成功させ、目標である四皇を2人も撃破、そして新たなる皇帝となり、遂に「ひとつなぎの大秘宝」に大きく近づいた矢先に発覚した、彼の故郷である王国の政変。彼は見たことが無い程に動揺し、一時は仮死状態になってまで尊敬する王に会おうとしていた程だ。結局は空島の時と同じようにに空から降ってきた旧四皇の助力と、そして仲間達が、自分達にそうしてくれたように、不器用ながら支えたことで、彼も持ち直してくれたようだ。

モネもまた、安息を見出していた。もし平和な時代であれば、こうやって市井に溶け込むのも悪くはないように思えた。



サウザンド・サニー号に残った2人と1匹は、昼食の辛口海鮮パスタを味わった後、早速夕食の準備に取りかかった。サンジが厨房にて神がかったような技術でこしらえて行く中で、キングは昼寝するドラゴンを見守りつつ尋常ではない量のジャガイモの皮むきに従事していた。如何にも単純作業だが、たまには悪くはない。キングはそう思った。

どうやら俺も焼きが回ったらしい。と考えた矢先、ふと遠くから大きな船が1隻近づいてくるのを見た。遠い地平線の先から、どんどんと迫ってくる。その時だった。


その船に張られてあったマストが剥がれたのだ。いや、上から被せていたものが取れた方が正しい。そこにあったのは、隠蔽の為の白とは対照的な黒地と、でかでかとそびえるように君臨するジョリー・ロジャー。


キング「・・・サンジ」

サンジ「お、どうした」

キング「皮むきが終わった」

サンジ「お、ありがとうな」

キング「他に手伝うことは?」

サンジ「いや、・・・今はねえな。お前もドラゴンみたいに昼寝でもしたらどうだ?昨日も夜番だったんだろう」

キング「心配はいらん」


サンジはずっと厨房にいるためか海賊船の襲来に気づいていないらしい。しかし、「らしい」だけである。そう見えるだけで、既にキングと同じく風雲荒れる事態は把握している。そして、「おれが片付けてくるからお前は待ってろ」と言っている。だが、夕食の準備を手間取らせるわけにはいかない。


キング「・・・適当に食材でも調達しにいく。何か足りないものはあるか」

サンジ「・・・あー、なら上白糖を頼む」

キング「分かった。少し待っていろ」


食事の準備中を妨げると厄介だ。お汁粉を作っている時に乱入してしまい、あの小賢しい同僚を怒らせてしまったことも何度かある、そこからの経験則だ。何やら、料理にはタイミングが重要と聞く。それを崩させるわけにもいくまい。キングはそう考えながら、マスクをつけ、大きく飛翔した。目標は接近する海賊船である。



「火だ!火事だ!逃げろ!救急車を呼べ!」


海賊船の接近と同時に、街に火の手が上がった。ここ酒屋でも騒ぎが広まり、客も店長も逃げていく。大砲が市内に撃たれ、引火したようだ。


「おい、アンタ、寝てる場合じゃねえぞ、火だ!」


店の中にいた1人が、端のテーブル席で寝ていた人物を起こす。


ゾロ「・・・・・・んあ?」



ロロノア・ゾロは、悲鳴と轟音により安眠をかき消されてしまったことでやや不機嫌だった。まあ怪我を負う前に起こしてくれた誰かには感謝しているが、それはそうとして騒ぎの張本人を懲らしめてやろう、と考えた。そうでもなければこの微量にして深く根付いた怒りを抑えることはできなかった。まあローからは「騒ぎを起こすな」とそれはもういつも以上に言われてはいたが、事情を聞けばまあ許してくれるだろう。


酒屋のカウンターに自身が呑んだ分の金額を置く。まあ多めに払ったことになるが細かいことは気にしてはいない。そのままふらふらと、寝起きにあるようなやや安定しない足取りで外に出る。


海賊A「おい」

海賊B「おい、お前!」

海賊C「聞いてんのかっつってんだよ」


するとそこに丁度良い奴等がいるではないか。これは好都合、と思った矢先。


B「動くなっつったろ、このガキがどうなっても良いのかよ」


聞くに堪えない罵声と暴漢達がゾロの視界と聴覚を覆う中、ゾロは海賊の1人の腕の中に女性が抱きかかえられているのを見つけた。眉間に皺が走る。


C「こいつがどうなっても知らねえぞォ」

B「テメーの腰に付けてる刀、全部下ろしな」


ゾロとしてはその要求を飲む必要は毛頭ない。このような歯牙にもかけない奴等など言うことを聞かずに一ひねりにすることができるのだから。しかし、ここでゾロは敢えて刀を下ろし、彼等のもとに投げて渡した。


A「へぇ・・・良い業物じゃないか」

C「金になるぜ」


人質に取られている女性の首元に、刃を突き立てられていた。一筋の血がそこから流れる。刀を渡した理由はそこにあった。そしてもう一つ、個人的な理由が。


ゾロ「テメェらなんぞ、ステゴロで十分だ」


―人の大切な刀、乱雑に触るんじゃねえ。


刹那であった。ベタベタと刀を触り、皮算用をしていた暴漢の1人が、突如として倒れ込んだ。ゾロが相手の体勢を見切り、急所を直撃したのである。日々鍛え上げた肉体と怒りの感情から出る一撃である、狙われた相手がグロッキーになるのは当然だった。


C「お、おい!どうした!」

A「動くな、それ以上動くt」

ゾロ「あぁ?」


悠々と3つの相棒を取り戻し、三刀流の姿勢に入る。周りにいた暴漢は今や捕食寸前の怯える獲物のように震え上がり、情けない悲鳴を上げながら遁走した。人質である女性はその場に置いて行かれたため、窮地に一生を得た形になる。


女性「あ、あの、有り難う御座いました!本当に、本当に助かったです!」


本当に怖かったのだろう、涙を浮かべながら感謝の意を伝える女性。ゾロは剣士として、無辜がいたぶられることを最も嫌う。相応しい相手にこそ、自らも対等な存在としてある。相手の礼儀に則り、自らも全身全霊をもって真剣に向き合う。それがゾロが貫いてきた姿勢である。先程の下品な連中など、全力を出す必要は無かった。しかし、その行いは彼の気に障るのに十分なものだった。

何度も何度もお礼を述べる女性に、ゾロは問いかける。


ゾロ「なぁ、警察署までの道、分かるか?」



さて、我等が一味の船長はこの時何をしていたのだろうか?


ルフィ「んー・・・迷った」


中々自身に合う仕事が見つからず、ほぼ毎日が街を巡っての仕事探しの日々を過ごしていた。その内飽きてきてしまい勝手に野良猫しか知らなさそうな裏路地を探検したり、貴重な小遣いを屋台の肉料理に使ったりと、本人はおおむね満足しているとは言え本来の目的を考えるとあまり喜ばしくない日常を送っていたわけである。もっとも、ゾロも似たような状況である。


ルフィ「確かあっちから来たから次は・・・あれー?どっちだ?」

ゾロ「お、ルフィ。こんな所にいたのか」

ルフィ「ゾロ~!」

ゾロ「お前、まだ仕事見つかって無いのかよ」

ルフィ「何だとうるせーぞ!お前だって人の事・・・ありゃ?」


ルフィの目線の先には既にのびている男がいた。ゾロが首根っこを掴んで引きずっているようだ。


ルフィ「どうしたんだ?そいつ」

ゾロ「コイツか?今からコイツを警察の所に持って行くんだよ。少しは報奨金か何か入るだろ」

ルフィ「そのおっさんがか?」

ゾロ「さっきどっかで見たが、指名手配犯らしいからな。海軍のところが一番良いかもしれねぇがそうだと俺も捕まるだろ?だから警察署にいけばどうにかなると思ってな」


もしローが聞いていたら「違う!」と言いそうな論理展開だが、生憎この2人は重要な事以外はそこまで考えない癖がある。


ルフィ「へー、そっか」

ゾロ「これで稼いでないのはお前だけになるな」

ルフィ「え?・・・あーっ、ズルいぞ!抜け駆けだ!」

ゾロ「ちんたらしてるからだろ」


じゃ、お前も今日中に見つかると良いな。そう言ってゾロは引きずられる時の音と共に再び歩き出した。


ルフィ「ゾロ、そっちさっき来た道だぞ」

ゾロ「・・・・・・」



キングは上空を悠々と飛び回っていた。何やら下から銃弾やら何やらが飛んでくるが、当たるわけがない。舐められたものだ。

様子を見ていたのは、敵船の急所を見つける為だった。そこさえ傷つければ、敵はまともに機能しなくなる。そうすれば大した騒ぎにはならずに済むだろう。何か言われたらサンジとドラゴンが弁明してくれるのも安心材料だった。


キング「

キング「自尊

キング「・・・


それは、急所を狙った軽めの一撃のはずだった。少なくとも本人はそのつもりだった。限界までトサカを引っ張り、くちばしから集積されたエネルギーを衝撃波として繰り出す技。キングからすれば手慣れたものである。軽いジョブを撃つような感覚だった。

しかし、敵船が燃えさかりながら爆音をとどろかせ沈むその様を見て、キングは少しやり方を変えるべきだったか、と思った。敵船から奪った上白糖とその他おまけの食材を抱えながら。



一方、ルフィは未だに街中を彷徨っていた。


ルフィ「ん?ドカーン?」


そして今は、群衆の中から港の様子を見ていたのである。謎の爆発の原因が妙に気になったのだ。その中で、悲鳴が聞こえた。悲しみと絶望の声が徐々に大きくなっていった。ルフィの関心の的はそちらに移り、その声が聞こえる場所に向かって身構えた。


ルフィ「ゴムゴムの~・・・ロケットォーーーー!」


おおよそ一般人には真似できない跳躍は、空に大きく弧を描きながら、例の場所に向かった。乱雑なショートカットなので人々にそれはもう目撃されたが、ルフィは全く気にしていない。そして軽やかに降り立つ。その先にあったのは。


男性「お願いします、息子が!まだ中にいるんです!」

消防士「・・・しかし・・・」


地獄だった。襲ってきた海賊(ゾロとキングにより壊滅しているが)の砲撃による引火と、家全体の延焼。もうどうしようもない状況だった。周りから見守る群衆も、必死に火の猛威を止めようと果敢に立ち向かう消防士達にも、そして懇願し続ける男にも、誰にも助けられない状況だった。そうしている内も火が徐々に平和な生活を、尊き命を蝕んでゆく。万事休す。


ルフィは水の入ったバケツを見つけ、消防士の1人に近づいた。


消防士「君、ここは危険だ!下がってくれ、」

ルフィ「なぁ、これ(バケツの中に溜まっている水)使って良いか?」

消防士「え、」


ルフィは返事を待つこと無く水を頭から被り、勢いに乗るが如く燃えさかる家屋に突入した。その動きに一切の躊躇は無かった。止めようとする声は一切聞こえなかった。


消防士「ま、待て!危ないぞ!」

男「しょ、少年!」



(どうしよう)

(だれかたすけて)

この生まれて間もない、まるで小さな花のような男の子は、自分を少しずつ追い詰めてくる業火の中で、泣きながら震えていた。否、震えながら最期を待つしかなかった。さっきまで、久しぶりに帰ってきた「おとうさん」と一緒に遊んでいたはずなのに、突然の恐怖はか弱き命を脅かしにやってきたのだ。

(くるしい。こわい。あつい。たすけけて、おとうさん、たすけて)

その時、激しい破壊音が聞こえた。何かが割れる音だ。男の子は、より恐怖に縮こまる。


「ふぃ~・・・お、お前か!大丈夫か?」


男の子は、泣き明かして赤くなった瞳を上げる。そこには赤い服と麦わら帽子を被った、「しらないおにいちゃん」がいた。その邪気の無い安心したような笑顔が、この少年にとっては印象的だった。


男児「だ、だれ・・ですか」

ルフィ「ん?あー・・・ルーシー、ルーシーだ!」


ルフィはここで「目立ってはいけない」という注意を思い出し、咄嗟に偽名を名乗る。かつて情熱の国で仲間を救うために名乗った、懐かしい思い出の1つ。


男児「る、るーしー・・・?」

ルフィ「おう、ルーシーだ!」


男児の表情から恐怖が抜けた。きょとん、としている。ルフィは一旦安心した。


ルフィ「よーし、ここから出るぞ。モタモタしてると死んじまうからな」

男児「・・・どうやって?」


ルフィは後ろを向き、しゃがんだ。おんぶをする体勢である。男児も、自ずと彼のたくましく、大きな背中に我が身を預けた。


ルフィ「衝撃が強いからな、絶対に離すんじゃねえぞ。ルーシーが何とかしてやるからな」

男児「う、うん」


ドントットット、ドントットット・・・


まるで踊りたくなるような、軽快なドラムの音が聞こえ始めた。気づくと、彼の姿が白く、輝いているではないか。男児はその姿に圧巻された。さっきまで自らを包もうとしていた業火を見ていた時とは違う圧巻である。それは安心と、期待の眼差しでもあった。


ルフィ「よし!こう(ギア5)なればどうにかできる!はず!」

ルフィ「ゴムゴムの・・・」


ドーン(白い)・ロケット!


それはまるで、空を自在に飛ぶ、愉快な遊び人のようであり。

そして、頼もしく信頼できる戦士のように。

不安を消し飛ばしてくれる、勇気と友愛を一杯に詰め込んだような。

―男児にとっては、その姿は、自分を苦しさから解放してくれるヒーローだった。



気がつけば、消火活動は何とか終わった。騒ぎを聞いて駆けつけた市議会議員の秘書が、自らの能力を使って鎮火の手助けをしてくれたと言う。

逃げ惑う人々は、何故か迷い込んだようにして現れた青年と、かっちりとしたSPが指示と誘導を行うことで怪我を被ることはなかった。

港の騒乱は、黒色の騎士と優しいコック、そして愛くるしい龍によって落ち着きを取り戻した。

負傷者は、救援に来た帽子が特徴の医師と覆面をつけた大男が治療を行っていた。

上陸し、人々を襲っていた海賊達の残りは、建設現場から飛び出してきた「自称新人」によって見事蹂躙された。


ルフィ「ふー・・・何とか出れたぞ」


ルフィは心底安心し、負ぶっていた男児をゆっくりと下ろした。


ルフィ「お前も、よく1人で頑張ったな!偉いぞ!」


そう言って、男の子の頭をわしわしと撫でる。男の子にとって、その手が本当に温かくて。

つい泣き出してしまった。


ルフィ「あわわ、泣き出した!これ以上泣いたら折角のいい顔がぐちゃぐちゃだぞ!もう大丈夫だよ、安心してくれ・・・参ったな、どうしよう・・・」


何故、彼等が麦わらのルフィを船長として敬うのか。何故着いていくのか。何故、彼と志を同じくし、諦めることをしないのか。この理由に関しては、特段記す必要は無いだろう。



男「 “麦わらのルフィ”、だな」

ルフィ「あ、さっきのおっさん」

男「私はここを鎮護する海軍少尉、ピーコックだ。海軍の任務として、君を見過ごすわけにはいかない」


男の子が泣き止むまで一緒にいたルフィ。知らないうちに周りに人だかりができていた。その中には、よく見知った仲間の顔もある。ピーコック少尉が捕縛を仄めかすと、それを合図として一斉に海兵達が取り囲んだ。ギラギラと光る剣や槍を装備している。「ゴムゴムの実」対策もできているようだ。続いて、ルフィの仲間達も雑踏から姿を現し、臨戦態勢に入る。


議員「ま、待ってくれ!」

少尉「あ、貴方は・・・」

議員「彼等は街を救ってくれたんだ、どうか考え直してはくれないか?」

少尉「・・・」

議員「私についてくれた秘書のモネ君も、警備員のチャカ君も、そして他の彼等も騒ぎを収束させようとしてくれた。どうか、ここは私の顔を立ててくれ!」


ピーコック少尉は訴えを全て真剣な表情で聞いた。しかし眉1つ動かさない。緊迫した空気が流れた。ふと、ピーコック少尉の顔が緩んだ。緊張がほぐれる。


少尉「・・・やはり、恩人に刃は向けるものでは無いな」

ルフィ「?」

少尉「君たちは “麦わらの一味”、だな。この度、街を救ってくれたこと、代表して感謝する、有り難う!そして先程は無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ない。海軍として、怪しい者は摘発しなくてはならなかったのだ」

議員「で、では・・・」

少尉「ああ、せめてもの礼だ。目的を満たすまでは、彼等の停泊を認める。まあ、海軍としては良くないから、黙認の形になるがね。しかし、万が一市民に危害を加えるようなことをするならば、この措置を撤回し、逮捕させて貰う」

ルフィ「おう!そんなことはしねぇから大丈夫だ!おっさん、ありがとうな」

少尉「それでは、総員、帰営せよ!・・・最後になるが、私の息子を助けてくれて、本当に有り難う。そして、ドレーク少将」

ドレーク「ピーコック少尉・・・」

少尉「貴方は良い仲間をお持ちですね。後輩として、安心しました。それでは、またいずれ」


雄々しく行進し、基地に帰る海軍の隊列。少尉に肩車してもらっている彼の息子が、とびっきりの笑顔で手を振り続けるのを、ルフィもまたそれに応じ、「バイバ~イ!」と叫びながら振り変えしていた。その周りに、仲間が集まる。


ゾロ「ま、何とかなったな。俺も報奨金が手に入った」

モネ「本当に良かったわ・・・街の皆が理解を示してくれたことが助けになったわね」

サンジ「しかしマリモが警察みたいなこと(犯罪者の連行)するとはな、逆に捕まる側とてっきり」

ゾロ「あ”?」

キング「・・・止めなくて良いのか?」

チャカ「大丈夫、いつもよくある事だ、君も慣れる」

ルフィ「しかし、消防士ってのも大変なんだな。大分熱かったぞ」

ロー「ま、消防士見習いくらいは名乗れるんじゃないか?無謀だが、あんなことまでして人を救うやつなんて見たことねぇ」

モネ「そういえばドレーク、あの少尉さん、知ってるの?」

ドレーク「俺が海軍にいた頃の後輩だ・・・立派になった」

ルフィ「へー」

ロー「とにかく、一旦元に戻って退勤だな」

モネ「そうね。お茶会を抜け出してしまったから、早く戻らないと」

ゾロ「お前等、遅れるんじゃねえぞ」

ロー「お前は早くバイトを見つけろ」

サンジ「もう夕食の準備はできてるぜ」

キング「今日はうどんだ。生地に関してはドラゴンも手伝ってくれた」

ドレーク「それは楽しみだ、ワの国以来になるな」

ルフィ「よーし、明日も頑張るぞ!お前等!」

ロー「まずは職場に戻ることだがな。後お前も早く仕事を見つけろ」

チャカ「にしても、君達も頑張っているな。よく噂が流れている」

カイドウ「そうだぜ、今となってはもう良いがな、変に目立つもんじゃねぇぞ」

ロー「お前のことだバカイドウ」


(完)



後日談(と書きたかったけど忘れてたもの)

ルフィ:翌日消防署から無茶をするなと叱られたものの賞賛された。本人は別に気にしていない。

ゾロ:結局、賞金稼ぎに落ち着いた。しかし稼ぎの半分は酒とつまみに消える。

サンジ:実は初日に飲食店を志望したが何故か美容室に勤務することに。女性客(自称)に人気がある。

モネ:たまにレンジャー見習いとしてドレークの所に行く。

ロー:この後も皆目立つものだから最終的に諦めた。

チャカ:何故か近所の子供達に人気がある。本人はかつて仕えた王女を思い出し郷愁。

ドレーク:一切動いていないのに周囲に小動物が集まってくる。近隣の崖が崩れかけた際に恐竜化して防いだ。

ドラゴン:しばらくサンジに毛並みを整えて貰うことにした。

カイドウ:建設が一通り終わった後の飲み会で龍になった。最後まで自分が目立っていることに自覚が無かった。

キング:良い仕事が見つからず、皆の収入支出をまとめる会計をすることになった。ちなみに皮を剥いたジャガイモは次の日のカレーの具材になった。

サニー号:修繕完了。街の人がお礼の意を込めて結構頑丈にしてくれた。

議員:秘書と別れる際に娘が泣きじゃくるのをなだめた。

少尉:息子が「るーしーのようなヒーローになる」と言って聞かないので正直困っている。





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