あなたの面影を追って

あなたの面影を追って


俺が町の診療所で働くようになってから随分経った。だんだん仕事にも慣れてきたし、やっぱり医療現場でやらなきゃ分からないことだって多い。そうして日々を過ごしていくうちに町の中でふと目に付いたものがあった。

青いフェイスペイントに、赤い口紅。偶然町に売っていたのを見つけて、良くないとは思っていても衝動的に買ってしまった。机の上に広げて、頭を悩ませながら唸る。


「……バレたら、やばいよな」


コラさんのことはヴォルフにはともかく、ほかの三人には伝えていなかった。俺は少しでもあの人の面影を追いたいだけでしかない。それでも見られてしまえばピエロメイクに見えることも相まって追求されるに決まっている。


「夜にでもやるか……」


夕食後、部屋に戻ってきて考える。全員が寝静まってからやるのが、やっぱり一番いいんだろうな。早いうちに、今日の夜にでもやろう。思いついたことは早めにやってしまった方がいい。

それまでは前に買った医学書を読んでいようと、手に取った。

そうして本を読み出して数時間。そろそろか、と今日買った物を袋から取り出す。そこで初めて気がついた。

そういえば、買ったはいいもののあの人がメイクをしているところは1度も見た事がない。鏡の前で、口紅を持ったまま固まった。

明かりをつけたら起きてしまうかもしれないから、つけることは出来ない。その状態で口紅やフェイスペイントをすれば、結果はわかりきったようなものだった。


「……ガタガタになっちまった」


子供の落書きのようなガタガタの口紅が引かれている。目元のペイントも逆三角に見えるか怪しいものだった。口紅を引いたところは痛々しく口が裂けているようにも見える。

今日はこのまま顔を洗ってもうやめておこうか、と口紅を置いた。次の瞬間、ドアがノックされて扉が開いた。


「ローさん…ごめんね、一緒にトイレについてって欲しくて……」


そう言って入ってきたベポが俺の顔を見て、みるみるうちに青ざめた顔で叫ぶ。


「ぎゃあー!!!おばけぇ!!!!!」

「ベポォー!!??」


俺たちの叫び声につられてヴォルフやペンギン達も起きてしまったらしく、部屋に入ってきた3人にまた悲鳴をあげられた。その後、しっかり顔を洗うまで見届けられ、疲れきった表情の3人が自分の部屋へとすごすごと帰って行った。次はこんなことがないように、先に伝えておこうと少し反省した。




おまけ


窓から薄く日が差す部屋の中。安っぽい鏡に映る、俺の顔を見た。目元に描かれた青い逆三角の連なるフェイスペイント。口が裂けたようにも笑っているようにも見える位置にまで引かれた口紅。

幼い頃にやろうとした時とは違う、失敗しなかったそれ。俺の記憶の中に残る恩人の笑顔を手繰り寄せ自分に恩人と同じメイクを施した顔。あの人とは似ても似つかない、分かりきっていたことだと吸いこんだ息を吐く。

分かりきったことでしかない、こんな行為に意味があるのか。そう冷静な部分の自分が訴えている。それでもあの人に心を貰った俺がただ、思い出せればよかったと叫んでいる。3年間もの間続いたあの日々を、俺の隣にいたあの人のことをまた。


「なあ、コラさん」


俺、26になれたよ。そう、声にならなかった言葉を飲み込んだ。

かつて病院をめぐり自分の病を治そうとした恩人と、あの人と同じ年齢になった。父様の珀鉛病についての研究資料から余命を割り出したあの日から10年以上も生き延びることが出来てしまった。

それは、あの人の愛により起こりえた奇跡だ。オペオペの実をバレルズ海賊団から奪いさり、海軍を欺いて、ドフラミンゴの魔の手から死にかけの子供を自分の命と引き換えに逃がした。

あの人が死んだあの日から、俺はずっと考えていた。あの人から受けた恩に、愛に報いるためにどう生きるかを、俺はずっと。


「……これが、"D"の生き方なのか?コラさん……教えてくれ」


机に無造作に置かれた煙草の箱から1本のタバコを取りだした。これも、フェイスペイントや口紅と共に買ったものだった。あの人は、ドジなせいでタバコを吸う度にモフモフのコートは燃えて焦げていたことを覚えている。火がついたタバコの煙が部屋を、肺を汚すように巡る。初めて吸ったタバコは不味く、あの人が毎回のように燃えてまで吸っていた理由は医学的なもの以外わかりそうになかった。


「俺は、コラさんが望んだように生きているのか?」


「命」と「心」を貰って、「愛」を与えられた。一生賭けても返しきれない恩なのに受け取ってくれるはずのコラさんはもう居ない。それどころかあなたについて知っていることすら、俺はあまりにも少ない。だから、俺が唯一つだけ知っていたあなたの本懐を遂げる。そのために海賊団を立ち上げ、海賊の心臓100個と引き換えに政府の狗になった。大人しく政府の海軍の命令に従うという、吐き気のするようなことをしてもそれが、あの人にもらった俺の「命」の使い方だ。

時間が経ったせいか灰になった煙草を灰皿に落とす。そして、机に乗る永久記憶指針に目を向けた。これはようやく手に入ったパンクハザードへの永久記憶指針だった。ドフラミンゴの裏の顔であるJOKERが行っている取引。その中でも特に重要なカイドウとの「SMILE」の取引の要である「SAD」を破壊し、それを作る事ができるシーザー・クラウンの確保。そいつを餌に王下七武海をやめさせ、混乱するドレスローザの中で工場の破壊を決行する。もし交渉が決裂し、ドレスローザでドフラミンゴを倒せなかったとしても「SMILE」の作れないドフラミンゴがカイドウに消されるのは目に見えていた。

きっと、ドフラミンゴを止めたときに俺はクルーを残して死んでいる。とっくの昔に覚悟は決まっていた。これがあの人と俺の愛であり、守り方だった。大切なものは宝箱の中にしまって、遠ざけて分からないように。そうやって守ってもらったのだから、今度こそ上手くやってみせる。あの人が引けなかった引き金を引きに行く。

手持ち無沙汰になっている煙草の火を、灰皿を使って消した。顔のメイクを落とすためにベットから立ち上がる。

決別の日は、すぐそこまで迫っていた。

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