端切れ話(あなたに捧げる花冠)
地球降下編
※リクエストSSです
もう誰もいない故郷の村を歩き回った後、エランとスレッタの2人は少し村から外れた丘の上でゆっくりと体を休めていた。
スレッタが作ってくれた軽食を食べ、デザートに木からもいだばかりのプラムを食べ、何をするでもなく穏やかな風に身を任せている。
一応はシートを下に敷いているが、それがなくても大丈夫なほどに短い草がびっしりと生えている。
そのほとんどはクローバーだ。白い花や、時折ピンクの花が葉の合間から顔を出して、風にゆらゆらと揺れていた。
「地球って、本当に綺麗ですごい所ですね…」
スレッタが感慨深げに呟いた。
地球に住んでいたエランとしては、綺麗な所ばかりではないと口に出したい気もしたが、なるほど、目の前の光景はそう言われてもおかしくないものだった。
青い空に白く厚みのある雲が流れ、遠くでは豊かな森が茂り、少し離れた所では小川が陽の光を浴びて輝いている。
草が風に触れてサラサラと涼やかな音を立て、遠くでは鳥が鳴き、水が流れる音が響く。
「…そうだね」
確かにとても、綺麗だった。
「こんなに花がたくさん咲いていて、何だかとっても贅沢な気分です」
「アスティカシアではそれほどの花はなかったからね」
あるとすれば温室などの専用の場所で、基本的に管理されているものだった。ミオリネの温室でもいくつかの株はあったように思う。
もしかしたら野生化した花が森の中でも見つかったのかもしれないが、ペイル寮と学園を往復するだけの生活を送っていたエランでは、その辺りはよく分からなかった。
どちらにしても、これほど雑多な種類はなかっただろう。
「………」
エランは何気なくクローバーの花を摘んでみた。茎がしっかりしている白色の花だ。その他にもピンクや赤い花もあるが、少し遠くに咲いているのでわざわざ手を出そうとは思わなかった。
茎の部分を根元から折るようにして、手に届く範囲のクローバーの花をいくつか摘んでいく。
「エランさん?」
急に花を摘みだしたエランをスレッタがびっくりしたような顔で見ている。地球に降りてからここまで。色々な花を見てきたが、直接手を出したのはこれが初めてのことだった。
「…はっきり思い出したわけじゃないけど」
言いながら、クローバーの花を編み込んでいく。それほど難しくはない。子供の手でも簡単に作れるものだ。
ひとつずつ丁寧に茎を巻きつける。最初は花と花の間を緩やかに、しばらくして花の間隔をぎゅうと狭めて、だんだんと房を長く作っていく。
最後に作った房の縄を丸め、最初の方に緩くしておいた花の間に別の花をくるりと巻き付け、きちんと固定すれば花冠の完成だ。
「う、うわぁ…!すごい」
「覚えてなくても案外作れるものだね」
おそらく失った記憶とは別のところで体が覚えていたのだろう。エランは目をキラキラさせるスレッタの頭に、クローバーの花で作った花冠をそっと近づけてみた。
嫌がるでもなくワクワクとした顔をしていることを確認すると、そのまま頭に乗せてあげる。
今は人目もないのでスレッタは帽子をしていない。ふわふわの赤毛に白い花の花冠がよく映えて、目に鮮やかだった。
「お花だけでこんな素敵なものが作れるんですね」
「茎が丈夫で長ければどんな花でも大丈夫」
「じゃあ、あちらの花でも作れますか?」
スレッタが指さしたのは少し遠くのピンクの花だ。
「あれも種類は少し違うけど同じクローバーだね。十分に作れるよ」
「わぁ…」
それから少しの間、休憩がてらに色々な花冠を2人で作った。主にスレッタが夢中になって持ちきれないほど作ってしまった。白、ピンク、赤、青、黄色、色々な花冠が周りに散りばめられていく。
「これ、全部は持って行けませんよね…」
「そうだね。それに花はいずれ枯れるものだから。持ち帰ってもそれほど保たないよ」
「うーん…でもこのまま置いていくのはちょっと…」
悩むスレッタをよそに、エランは荷物をまとめ始めた。いつまでもここにいる訳にはいかないので、そろそろ帰ろうかと思っていたのだ。
少し後ろ髪を引かれる思いはするが、だからといってここに定住することはできないのだから仕方ない。
「あ、エランさん。休憩は終わりですか」
「うん。そろそろ休息は十分だなと思って。まだ休んでいてもいいけど」
「いえ、大丈夫です。まだ見てないところもありますもんね、行きましょう」
「うん?」
スレッタは今まで作った花冠を大量に腕に引っかけると、どんどん村の方へ戻っていった。
「………」
エランは帰るつもりで言ったのだが、スレッタはまだ探検する気持ちでいたらしい。訂正しようか迷ったが、まだ少し心残りがあるのも確かなので、エランは何も言わずにスレッタの後について行った。
「この辺りは民家もまばらなんですね」
「そうだね、一応柵の内側にあるから村なんだろうけど…」
下手をすれば植物に侵食されて、その内森の一部になってしまいそうだ。
丘の上にはなかった花も咲いている。きっとあの民家の花のように、誰かが植えたものが野生化したのだろう。
「あ、エランさん。あれって…」
もうすぐ村を一周するという頃、スレッタが何かに気付いて指をさした。
スレッタが示したそこには簡素な石が等間隔に並べられている。
元々開けた場所だったのか植物はそれほど侵食していないが、逆にその辺りだけ時が止まったようにひっそりと静まり返っていた。
「墓地、かな…」
おそらく間違っていないだろう。
近づいて見てみると、きちんと文字も書いてある。だが記憶の無いエランにとって、それが自分に関わりのある人物なのか判断が出来なかった。
しばらくじっくりと墓石の文字を読み歩いていく。規模はそれほど大きくないので、数分程度ですぐに回り切ってしまった。
やはり記憶には引っかからない。諦めて帰ろうかと思ったところで、スレッタが作った花冠をそれぞれの墓前に供えていた。
「スレッタ・マーキュリー?」
「えへへ、たくさん作った花冠のいい使い道、見つけちゃいました」
そう言って、一つずつ丁寧に花冠を置いていく。途中で数が足りなくなったら近くに生えている花を取りに行き、結局全部の墓前に花を供えてしまった。
そうして改めて見た墓地は、来た時とは違い随分と華やかになっていた。白、ピンク、赤、青、黄色。色の洪水に押し流されて、ひっそりとした雰囲気はどこかへ逃げてしまったようだ。
…何となく、またイメージが湧き上がる。小さな子供の手で作った拙い花冠を、大人の女性が頭に乗せて嬉しそうに笑っている姿だ。
この中にその人が眠っているのかも分からないが…。
「……来てよかった」
思わず声に出たエランの言葉に、最初に作った白い花冠だけは手放さず、頭に乗せたままのスレッタが見上げてきた。
あの人も、きっとこんな風に長い時間を頭に乗せておいてくれたはずだ。例えすぐに枯れたとしても、幼い自分は何度も作ったに違いない。
それこそ、体が覚えてしまうくらいに。
「帰ろうか、スレッタ・マーキュリー」
気付けば、微笑みながらその言葉を告げていた。
エランの中には、もう未練などない清々しさだけがあった。
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