①あなたと

①あなたと



雲一つない明るい月夜。


今日の夜の見張りをルフィが担当するから、私もそれに付きあわせてもらう事にした。

宝樹アダムよりつくられた、千の海を踏破する!我が家が誇る世界最高の船サウザンド・ムーン号が夜の大海原をかき分けていく。その波の音を心地よく聞きながら、静かに海を見つめるルフィの横顔を私もまた見つめる。

出会ってからずっと、私を守ってきてくれた。私が危ない時は必ず駆けつけて助けてくれた。

そんな彼の横顔を見ていると、想いがあふれてきてどうしようもなくなる。

でも、それはいつものことだ。


なのに、こんなにも綺麗な月夜だったからだろうか。


それとも、かつて『別の場所』で、似たような綺麗な月夜の晩に、私たちによく似た『彼ら』の仲睦まじい姿を見て羨み、自分たちに重ねてしまったことを思い出してしまったからなのか。


あ、だめだ。ダメだ。駄目…そう思っているのに、口から紡がれる言葉を止めることは出来なかった。


ね、ルフィ。私ね、ルフィのことが好きだよ。女として。大好き。

フーシャ村で山賊にさらわれて、あなたが助けてくれた。あの時から。

びっくりするよね。あれから本当にずっとなんだよ。

2年間離ればなれになった時は、強くならないといけなくて必死だったからあまり考えないようにしていたけど、それでもふとした時に寂しさがとめどなく溢れてきてどうしようもなくなるの。夜になって眠るとき、本当に…つらかったなぁ…

だから再会できたときはね、本当にうれしかったんだよ。

2年の月日で私もちょっとは大人になったと思っていたけど、なのにルフィはもっとカッコよくなっちゃってて。

だから、もっと好きになっちゃった。

どうしようもないくらい…

だから…だからね、私を…受け入れてくれないかな…


「…。」


……。


「ウタ。」


うん。


「ありがとな。おれも、ウタとまた会えたときは嬉しかったなァ…。でも、それはできねえ。ごめんな…ウタ。」


そっか、わかった。ありがとうルフィ。ちゃんと答えてくれて。


「当たり前だろ。」


……。


「…。」


……。


ねぇルフィ。私ね、次の島に下りたらさ、はじめに出会った男の人に抱いて貰うようお願いしてくるよ。


「…なに言ってんだ、ウタ」


ルフィはそうじゃなくてもさ、こう見えて私はモテるんだよ。街を歩いて男の人の視線を感じることは私の勘違いじゃないし、実際声もかけられるし。

どんな人と出会うだろうね。ルフィみたいなカッコイイ人なら嬉しいな。でも脂ぎったスケベなおじさんだったらどうしようか。でも、そうなら仕方ないね。


「ウタ!」


だって…そうでもしないと吹っ切れそうにないからさ、ルフィのこと。十年以上も好きなんだもん。


……。


……。



…あれ?涙があふれてくるよ。おかしいね、演技なのに。


「ウタ……」


あたりまえだよ。できないよ、そんなこと。ルフィ以外。

でも仕方ないね。これでだめだったなら…本当にもうどうしようもないし。

そして…だめだったし。

ルフィといろんなことしたかったな。

腕を組んでデートしたり、あーんして食べさせあったり。

そして…

でも…仕方ないね。

ああ、だめだ、涙が止められないや。

そうだ、いっそ本当にやってみようか?案外いい考えだったのかも。

じゃあ大丈夫だね。これで吹っ切れる。もう悲しくなることはないな。寂しい思いをすることもないな。ないな、…ないな。ないさ…



……。



……。



……。




やだ…





やだよぅ…




やだよぅ…ルフィじゃなきゃやだよぅ…ルフィ…


やだぁ…やだよぅ…


ほかの人じゃやだぁ…


やだぁ…


くるしいよぅ… るふぃ… くるしいよぅ… たすけてよぉ…


るふぃ… るふぃ… るふぃい…


ワンピースのすそを握りしめて、ちぢこまりなら、目をぎゅぅとつむって、肩を震わせて泣きじゃくりながら、か細くルフィの名をつぶやき続けることしかできない。

こんなんじゃルフィを困らせるだけなのに、涙を、嗚咽を止めることができない。えずいて息をするのが苦しい。

頭のなかも心もどちらもぐちゃぐちゃで、胸が苦しくて苦しくて仕方なくて、私の根幹をなしていたものがなくなる喪失感がどうしようもなく怖くて、子どものように泣きじゃくる。

好きな人の前でこんなみっともない姿を見せたくないのに、涙が止まらない。

こんなんじゃ、ルフィに相応しくない子どもと思われてもしかたないね。

しかたないね…





「ウタ。」





ふわっと、温かいものに包まれた。

肩を震わせ、えずきながら見上げるとルフィの顔が見える。

抱きしめてくれたんだね…やっぱりルフィは優しいなぁ…

ごめんね、気を使わせちゃって…

ああ、あったかいなぁ……こんなにあったかいあなたと幸せになりたかった…

いつもは嬉しくて仕方がないルフィの優しさが今はこんなにも苦しい。

涙がまたあふれてきてうつむく。尽きることなく流れる涙はどこからくるんだろう?





………ふしぎだね、ルフィ…









クイ…









ルフィが


私のあごに指を添え


やさしく持ち上げ——







「      」







…え?いまなんて——ン…


…‥。


…?


ンぅ…


ぷはっ…


はっ…はっ…


え?え?え?


なにがおきたの…?


あれだけ願っても止めることのできなかった涙もいともたやすく引っ込み、ついさっき起こったことが信じられずに混乱していると——

今度はルフィにお姫様抱っこで抱き上げられる。

現実に思考がついて行かない。

放心しながらルフィの顔を見続けることしかできない。

ルフィはそんな私を見つめ返したあと、顔を上げてどこかに向けて言葉を投げた。


「ゾロ、サンジ。いるんだろ。」


え…?


もう夜もおそい。二人とも寝ているはず…

泣きすぎて、そしてさっきからはルフィに振り回されっぱなしで、ぼーっとする頭でそう思っていると、ルフィの言うとおり二人が物陰から出てきた。


そんな…なんで…


「ゾロ。」


「ようやく覚悟が決まったかよ副船長。…小せェ頃からの知り合いは大事にしとくモンだぜ。心配すんな、邪魔するバカどもがいやがったら俺とステキ眉毛で相手しとくからよ。」


「ありがとな、ゾロ。…サンジ。」


「旦那、いくらアンタでも、ウタちゃんを泣かせやがったことは許さねェ!でも今はウタちゃんが一番だ。他のことは心配すんな、クソマリモもいるしな。…ウタちゃんを頼んだぜ。」


俺たちの船長をな——。


「ありがとな、サンジ。」


ゾロ、サンジくん…

混乱する頭で彼らになにか言葉をかけようとするも、思考がまとまらずにうまく言葉にできない。

ごめんね。うるさくしちゃったね…ごめんね…


「ウタちゃん、レディを大事にするのは当然のことさ。それに、ウタちゃんのことが大切で気にかけているのは俺たちだけじゃないよ。ほら。」


優しいまなざしのサンジくんがそう顔を向けて教えてくれた方向を見ると、

いつの間にか明かりがついている二階のバルコニーに並ぶほかのみんなが見えた。


ナミは仕方ないなぁと言った顔で手を振ってくれていて、

ロビンは優しく微笑みながら肯定してくれて、

フランキーはいつものキメポーズを、

ブルックは帽子をとってうやうやしく一礼し、

ジンベエ親分はいつものようにどっしりとした笑顔を向けてくれていた。

ウソップとチョッパーがいないけど、きっとウソップが見せないようにしてくれてるんだろうな。


…なんか温かいなぁ、なんか嬉しいなぁ。

先ほどとはちがう、温かいものが胸に生まれる。

そのままルフィにしっかりと抱かれて、船長室へと向かって歩いてゆく。

あれほど私をかき乱した激情は、そんなことがあったことすら信じられないくらいなりをひそめて、今は静かなぬくもりにすり替わっている。

ルフィの胸の内にいる。それだけで、どうしてこんなに安心するんだろう?

心地よく揺られながら移動するあいだ、たくさんの涙が流れた頬をなでる夜風が気持ちよかった。


そうして到着した、いつも見慣れているはずの船長室。でも、今日はなにかがちがう。

ゆっくり、やさしくベッドに寝かせてくれるルフィ。

ムードライト付けてて良かったなぁ…明るいのは恥ずかしいし…そんなことを考える余裕が出てきた自分に気づいて、なにか可笑しくなってしまう。



ウタ、ごめんな。ほんと、またせちまったなァ。

お前がここまでおれのことを想ってくれてんのに、のらりくらりとかわし続けてきて。

おれ、バカだからよ。お前があそこまで真正面からぶつかってきてくれたおかげで、ようやくおれも覚悟が決まったよ。

だからウタ、もう一度チャンスをくれねえかな。おれを許してくれねえか。

おれはウタと、ウタがつくる新時代を見たいんだよ。



そう言って、たどたどしくキスしてくれた。


あ…


はなれていく温もりが寂しくて、名残惜しそうにしてしまったのを見て、ルフィは何度もキスしてくれた。

私もまた懸命にそれに応える。はなれまいと必死にルフィの首に抱きついて何度も何度もついばむようにキスをする。

はなれたくない。彼との間に距離ができるのがこんなにも苦しい。

でもそれも限界がきて、ついにベッドに倒れこむ。


ハァ… ハァ…


荒い息をつきながらルフィを潤んだ瞳で見上げることしかできない。

そんな私をあやすように、やさしく頬をなでてくれるルフィ。

なでられる度にからだがぴくん、ぴくんと切なく反応する。

私のからだは、彼に触れられるたびにこんなにも喜びをあらわにして、こんなにもルフィを求めてやまないことを教えてくれる。

どうしようもなく高揚して今にも胸がはりさけそうで。心臓の音がうるさくて。


彼からもたらされる甘い刺激にシーツをぎゅぅと握りしめて耐えることしかできなくなった、そんな私を見つめながら、ルフィが見慣れた上着をぬぎ


私の服に手をかけ


そして——






ようやく、私は愛する人と結ばれた。






Report Page