あともどり

あともどり



───パキン。

 辺り一面、そしてコビー以外の海兵達の足が凍り付いた。太腿から下が完全に凍らされ、彼らは動けなくなる。ただ一人ガープだけは体全体を凍らされたにも関わらず、ものともせずにその氷を砕いていた。残るは足だけといった状況だ。コビーはその氷の正体を知っている。ひゅ、と喉が締まる思いだった。手に持った鉄球に力が籠る。

「困るなコビー、ティーチの居ない間に逃げられちゃ」

 無機質な声、その声に振り向けば。サク、サク、と凍った地面を踏み締めてコビーに近付いて来る姿があった。足だけで無く、銃を持った手も凍らされて身動きが取れないひばりの側を通り過ぎ、コビーに手を伸ばして来るその姿が。どうしても、恐ろしかった。荒い呼吸が止まらない、冷たく嫌な汗が背中に流れている。クザンの手がコビーに届く寸前、「クザン!」とガープの声がした。

「能力を解かんか馬鹿者!」

「……それが出来てたらもうやってますよ、ガープさん。アンタは他と比べて頑丈にしたつもりだったのに……やっぱり凄ェなガープさんは」

 素直な賞賛と尊敬の混じった言葉を吐きながら、クザンはコビーの腕を掴んだ。その部分からじわじわと凍らされ、コビーが呻く。こうして凍らされる感覚に思い出すのは、牢の中での事。いつまで経っても慣れない、恐ろしい出来事。クザンはコビーの耳元で囁く。

「コビー、今すぐ戻るって言うならすぐに能力を解いてやるし、こいつらの命も保証する」

「っ」

「良いのか? お前のせいであいつらが死んでも」

 良くない。良くないに決まっている。ぶんぶんと首を振るコビーに、「なら分かるな?」とクザンは凍った腕に力を込めた。ぺき、と軽い音が鳴ったような、そんな気がした。

「い゛、っ……!」

「クザン!!」

「…………」

「コビーを離せ!! コビーは海軍の『未来』、そしてわしの愛弟子じゃ!! 今ここで失う訳には行かん!!」

「ガープ、中将……」

「……未来、ねェ」

 低い低い声で、クザンは呟く。据わった目でコビーを見下ろした。


「何してるにゃー!! さっさとコビーを連れて帰って来い、ティーチがうるせえにゃー!!」


「!」

 島が揺れ、ピサロの声がこだまする。それと同時に、ガープの足の氷が砕け散る。コビーを助けようと手を伸ばしたガープの前が、突然燃え盛った。ぱちん、と泡が割れ、トプトプトプと特徴的な笑い声と共にバスコが降り立って来た。何もしようとしないクザンを訝しげな目で見ている。

「ここで全員殺したら丁度ええのんと違うかァ?」

「やめろ。そもそもお前らにアイツらはともかく、ガープさんは殺せねェよ。……なあ、ガープさん」

 クザンはうっそりと笑って、コビーの肩にそっと手を置いた。

「『未来』だの愛弟子だの、もうこいつはそんなんじゃないですよ。なァ、コビー?」

 クザンの手がするりと首筋を撫でる。クザンの意図を察したのだろう、バスコが笑みを深めた。

「最近はティーチが独占してたし、ご無沙汰やのうコビー!」

「っ、おい!! コビーに何する気だお前ら!!!」

 ヘルメッポが叫んだ。きっと彼は、これから何が起こるか分かっている。彼だけでは無い、この場にいる全員が、理解している。海兵達の顔は青ざめていたり怒りを露わにしていたりと様々だ。コビーはその中でも一番青ざめた顔をしていた。

「逃げたらこうなる、ってのを、分からせなきゃいけねえよな、コビー?」

「勝手な事したらティーチに叱られるっての!! まァ見せしめは賛成だけどにゃー」

「そこから動かないでくれよガープさん。コビーの腕が一本無くなっても良いって言うなら別ですけど」

「……クザン……この、ッ、馬鹿弟子が……!!」

 ガープの体が凍り付く。ぎ、と怒りの籠った目が、クザンを睨む。

「要するに見せつけたったらええのんやろう?」

「や、いやだぁっ!! やめ、やめてくださいっ、こんな……!! 皆さんがいる、のに、っ」

「見てない所やったらええのんかァ? トプトプトプ、淫乱やのうコビー!」

「そりゃあ、散々ティーチと楽しんでたからにゃー。あー、最初の頃はおれらとも散々してたかにゃ」

「ぁ、ちが……違う、あれは……っ!!」

 青ざめていた顔は、それを通り越して真っ白になって行く。ピサロ達の言葉に、自分達が助けに来るまでの間、コビーがどんな扱いを受けていたのかを知った海兵達の顔が歪んでいく。

 ひょい、とバスコがコビーの体を酒を持っていない方の手で軽く持ち上げた。かと思えば酒瓶の中身を煽り、そして。

「っんぶ、ウ……っ!」

 コビーの唇に齧り付いた。無理矢理に酒を流し込まれているのか、びちゃびちゃと酒が溢れる中でも喉が動いているのが見えた。

「ぷは、あ、ぁ……っ、?」

 余程強い酒だったのか、口を離されたコビーの顔は赤くなり、目が虚になっていた。地に降ろされたコビーの足は覚束ない足取りで、ぐらぐらと揺れて転びそうになるのをクザンが支えた。

「よく見とけよ、お前ら」

 暗い笑みを浮かべたクザンが海兵達に言い放つ。クザン達の会話を聞いてやって来た海賊達に「殺すなよ」とクザンは言ってその場を離れた。地に倒れ伏したコビーに海賊達が群がっていく。やがて聞こえて来る泣き声は、前後不覚の喘ぎ声に変わっていった。






 いったい、どれだけの時間が経ったのか。海賊達に散々弄ばれた後のコビーの身体中には、べっとりと、白い液体がこびり付いていた。その姿に、誰かが幾度目かの嘔吐をする。体を震わせて気絶しているコビーを、鼻歌を歌いながらバスコが持ち上げて去って行く。それを見送って、クザンは能力を解いた。

「さあ、さっさと戻ってください、ガープさん。今なら何もしませんし、なんなら捕まってる市民を全員解放しても良い。コビーの命の保証も、ちゃんとしますよ」

「…………」

 ガープの拳がぶるぶると震えている。その拳から血が滴るのが見えた。怒りと失望の混じったその目で、クザンを、見ている。

 その瞳から、目を逸らして。クザンは市民達の解放へと足を向けた。




*****




 冷えた牢の中に、コビーがいる。バスコとピサロに可愛がられた後の様で、上機嫌な彼らと先程すれ違った。何も着せられないまま、とりあえずの汚れだけ綺麗にされて、牢屋の隅で膝を抱えていた。足音に気が付いたのか、コビーはゆるりと顔を上げる。光の無い虚な目が、クザンを捉えて。「ひ、」と引き攣った悲鳴が聞こえた。

「ガープさん達ならもう帰ったよ」

「……ぁ……」

「全員怪我も無いしね」

 しゃがみ込んで、コビーと視線を合わせる。怯えた瞳は気分が良い。

「……海軍の未来、ねえ。ガープさんから、愛弟子、なんて、呼ばれて、……もうお前はそんな事、ガープさんに言われちゃいけねェくらい、汚れてるのにな」


 一番最初にコビーを抱いたのは。襲ったのは、ただの、私情だった。ガープにそこまで大切にされている、年下の、何も知らない青年に酷く苛立った。腹が立った。その腹の燻りを全てぶつける様にして、コビーを抱いたのだ。その後黒ひげ達がコビーの身体を気に入ったのは予想外だったし───コビー自身も楽しんでいたのも、予想外だった。恐らく、彼は認めようとしないけれど。

 クザンに抱かれている時には、酷く怯えて、泣いてばかりいる彼が。黒ひげに抱かれている時には高く甘い声を上げるのを知ったのは、いつだったか。それに無性に苛立ったのは、何故だったか。今だって、コビーはがたがたと震えてクザンを見ている。怯えた目、青い顔。それらはとても気分が良いはずなのに。

 どうして、こんなにも、不愉快なのか。


「……め、なさ……ごめん、なさい、ごめんなさい……っ」

「……」

 隅にいたコビーの腕を引っ張って、冷たい石の床に押し倒した。両手を頭上に纏めて、床に凍り付けにする。いやだ、やめて、ごめんなさい、ゆるして、と懇願する泣き声を無視して、クザンはコビーの足を開く。

 青年が啜り泣く声だけが、長い間、牢獄に響いていた。

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