あったかいね
◎幻覚です。実在するお馬さんとは何の関係もありません。
東京都府中市。時刻は16時。
天気はまさかの雪。
「まさか本当に降るなんてねぇ」
傘の上に積もった雪を払い落としながらタイトルホルダーは呟いた。
2月中旬。今週に入り急に寒波が押し寄せてきた。外でのトレーニングで寒さに耐え忍ぶ日々が続いたが、まさか雪まで降るとは。
昨日のニュースで降雪の予報はされていたものの、正直半信半疑だった。どうせ途中で雨に変わって大したことないだろう、と。
ところがどっこい、昼頃に急に大粒の雪が降り始め、放課後に当たるいま、辺り一面銀世界。
うん、これは10cmくらいあるな。都内にしては結構積もったほうだ。
まだ踏み入れられていない場所に思い切り足跡をつけ、私は口角を上げた。
私、雪って結構好き。というか冬が好き。理由は…なんでだろう?よく分からないけど、なんだか懐かしい気分になる。前世の記憶?
相変わらず雪はまだ降り続いているが、もう寮に帰るだけだし、と思って傘を閉じた。
隣で歩いていたタイトルホルダーも、いつの間にか傘を閉じて、周囲の地面に一生懸命足跡を付けて回っている。頭頂部と肩が雪でかなり白くなっていた。
放課後は屋外でのトレーニングの予定だったが、こんな天気だし流石に中止。先生たちやトレーナーも早めの帰宅命令が出たのか、チラホラと学園の門を出る姿が見える。
トレーナー、無事に帰れるかな。
トレーニングも中止、あとは寮に帰るだけで時間も有り余っている私とタイトルホルダーは、しばらく雪景色を楽しんでいたのだが、ここでふと、ある人影に気がつく。
「あ…」
「あれ?シャフじゃないあれ?お〜い!」
私が声をかける前に、タイトルホルダーが手をブンブンと振って、少し遠くに立っていた彼女の名前を呼んだ。
シャフリヤール。私たちの同期で、ダービーウマ娘。
こちらに気がついたのか、彼女は切れ長の瞳をこちらに向けた。
私たちも小走りでシャフのいるところを目指す。雪が積もっているし、ローファーなのでかなり走りづらい。
タイトルホルダーが、再度彼女の名を呼ぶ。
「シャフ〜、こんな所に突っ立ってて何してんの?てか雪すごいね」
「お前たちこそ、その手に持っている傘はどうした。使い方忘れたのか?頭の上、凄いことになっているぞ」
あからさまに呆れた表情を隠そうとせず、シャフは私たち2人を見つめた。
シャフはクラスも寮も違うので、あまり顔を合わせる機会がないが、こうして会うと悪態を吐きながらもなんだかんだ相手をしてくれる。
タイトルホルダーとシャフリヤールのやり取りをしばらくニコニコと見つめていたが、ある違和感に気がつく。
「あれ?シャフ、マフラーと手袋は?」
「あ、ホントだ。」
彼女は学校指定のコートは身に纏っているものの、手袋とマフラーを着けていない。特に首元はかなり寒々しそうだ。
「ああ、別に大したことないさ」
「いや、大したことないって…見ているこっちが凍えそうなんですけど」
涼しい顔でサラリと言ってのけるシャフの首元をタイトルホルダーはじっと見つめる。ていうか普通に寒そう。手、震えてるし。
「手、真っ赤だよ。霜焼けになる」
私が心配の声をあげると、タイトルホルダーもうんうん、と頷いた。
ていうか、あれ?シャフって昨日も一昨日も普通にマフラーしてなかったっけ?赤と黒の、おしゃれな柄のやつ。
「シャフ、どうして今日に限ってこんな寒そうなの」
私が尋ねると
「……あの愚姉が、」
と少し小さな声で呟いた。
愚姉?
えっと、シャフのお姉さん?アルアインさん?
「アルアインのやつが、昨日、"明日雪降るんだって〜"て浮かれてたから、降雪確率40%程度で浮かれるとか小学生かって煽ったら、その後大喧嘩になった」
「「………。」」
「まぁ、私もムキになって今日は意地でもマフラーと手袋をしてこなかったんだが…。くそ……この道を通ったら一発尻叩いてやる……。」
シャフはどうやら喧嘩したお姉さんの待ち伏せをしていたらしい。彼女はなんていうか、こう、大人気ないところがある。
寒さに震えているのは正直自業自得なところがあるが、このままシャフを置いて帰るわけにもいかず、かといって頑固な彼女はこのまま帰ろうという説得に納得もしないだろう。
このまま何をするでもなく3人で立ち尽くしていたところ、突然タイトルホルダーが、
「ねえねえ、エフ、ちょっとマフラー貸して」
と何かを思いついたように私に話しかけた。
よく分からないけど、機転のきく彼女だ。提案に従いマフラーを首から外すと、タイトルホルダーは自身の緑色のマフラーと、私のマフラーを縛って一本のマフラーを作った。
「これで並んでマフラー巻いたら、3人とも暖かいよ」
なるほど。2本のマフラーを繋げて3人でシェアするのか。タイちゃん、ナイスアイデア。
一方でシャフは「えぇ…」とやや微妙な反応だったが、タイトルホルダーは「お姉さんの尻叩くんでしょ!?長時間待って風邪ひいたら元も子もない!!」と半ば強引に彼女を真ん中に立たせてマフラーを巻きつけた。
過去にはレースでバチバチにやり合った3人が、並んで一本のマフラーをシェアしている。
笠地蔵に出てくるお地蔵さんみたいで、何とも愉快な光景だが、人肌の意外な温もりに、私は思わず笑った。
「ふふ、あったかいね」
突然笑い出した私に、シャフリヤールとタイトルホルダーの2人が顔を見合わせ、つられるように、笑った。
ちなみにあの後、通りかかったメロディーレーンさんが「えっ!3人ともどうしたの〜?仲良し〜!!!可愛い!!!ね、写真撮ってもいい???」とやや興奮気味にスマホを向けたり、「なんかっっ!お前たちがっっ!面白いことになってるってっ噂になってて!」とヒーヒー大笑いしながらやってきたアルアインさんのお尻を、シャフリヤールは思い切り引っ叩いてた。
そしてメロディーレーンさんが撮った写真はウマスタでめちゃくちゃバズった。