あたたかな、

あたたかな、

UA2

※注意事項※

 「よすが と えにし」、「薄橙の心」、「五文字の伝言」、「ともなき」と同じ世界線。時間軸としては「薄橙の心」の後。

 捏造過多。チョッパーが未成年時に飲酒したことがある描写があります。

 誤字と脱字はお友達。





 物資補給に訪れた冬島、ホワイ島。一年中雪が降り積もっているのに加え、島で採れる白い泥を素材に作られたレンガが町中に使われていて、遠目から見ても真っ白で幻想的な島だ。


「チョッパー、これ冷蔵庫の鍵。ブルックと向こうのトラ男くんをお願いね。何かあったら電伝虫かけて」

「うん!ナミ達も気をつけて」


 ハートのクルーとルフィ達がわいわいと降りてゆくのを甲板から見送る。潜水艦にはジャンパールとウニが、おれとブルックと別の世界のトラ男が残っていた。


「トラ男、そろそろ部屋の中に入ろう?風邪を引いたら大変だ」

「ん……」


 おれの隣で縁に顎を乗せて、小さくなってゆく人影を見つめていた彼がこちらを向く。

 今日の彼はサンジに借りた服ではなく、こちらの世界のトラ男がパンクハザードで着ていた黒のロングコートを着ていた。頭に乗っている帽子も、いつもの雪豹柄のキャスケットからトラッパーに変わっている。もこもこふわふわのそれを着ていても尚寒いのだろう。真っ赤になった鼻を啜りながら目尻を下げた彼が、小声でもう少しだけ、と呟いた。


「……仕方ないなぁ。あとちょっとだけだぞ」

「うん」


 白い息を吐きながらしんしんと雪が降る景色を見つめる姿に、これは長くなるなと嬉しさと共に呆れを覚える。好きなこと、やりたいことを自覚して伝えられるようになったトラ男だが、最近では、好きなことをひとつ見つけるとそれを延々とやり続けてしまう悪癖がつき始めていた。この前なんか、ウソップのポップグリーンを何時間も同じ姿勢で眺め続けて軽度の熱中症になっていた。強く言えば素直に聞いてくれるものの、その後目に見えて自己主張が減るものだから、おれもこっちのトラ男も頭を悩ませている。


(まぁ、でも今日はいっか。いつもより調子よさそうだし。おれたちが気にしてやれば大丈夫そう)


 年上なのはわかっているのだが、幼い言動になんだか弟が出来たみたいでつい甘やかしてしまう。直さないとだよなぁと考えつつ彼の膝の上に座って、悴んだ両手を自身のお腹に回した。人間より高い体温は、こういう寒い日にはすこぶる役立つ。ナミやロビンに人気の天然湯たんぽである。

 案の定、温もりを求めてぎゅっと抱きすくめられた。いてぇと言うとトラ男が小さく笑う。蹄でほっぺたを押してやると冷たさに逃げてゆくのがなんだか楽しくって、さらに手を伸ばした。


「チョッパーさーん!トラ男さーん!」


 そうしてしばらく二人で遊んでいると、扉が開く音と共にブルックの明るい声が響いた。

 カップと小皿を三つずつ乗せたファンシーなトレーを両手で持った彼は、長い脚で器用に扉を閉めた。あれ、普段サンジがいっぱい物を持ってる時にしてるやつだ。行儀が悪いからするなって言われているけど、やっぱりかっこいい。オトナな仕草だ。密かに憧れてウソップと練習しているのだが、披露する日がいつか来るといいな。

 すたすたと歩いてきたブルックが、おれたちの前に座った。


「サンジさんからお飲み物を預かってますよ〜。お茶請けはジンジャークッキーだそうで!」

「おやつだ!」

「お二人共まだまだお外にいるようでしたので、持ってきちゃいました」

「ブルック、ありがとな!」


 どうぞ、と渡されたマグカップは、柔らかなブラウンで満たされていた。湯気と共に、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「うわぁ〜!ココア!うまそう!!」

「はい、トラ男さん」

「あ、その……ありがとう」

「どういたしまして。冷めないうちにいただきましょう」


 熱々のマグカップを両手でもって、ふーふーと少し冷まして飲む。ほんのりやさしい甘さが口の中いっぱいに広がった。


「ぷぱー!うめェなぁ!」

「このあたたかさが五臓六腑に染み渡る〜!……染み渡る内臓、ないんですけど!ヨホホホ!」


 スカルジョークをかましてカタカタと笑っているブルックを横目に、ちびちびと飲んでいるトラ男の様子を伺う。目が合うと、彼は口元を緩めた。


「うまいな……」

「!トラ男、ほんとか!」

「ああ」

「エッエッエッ」

「嬉しそうだな」

「うん!うれしい!」


 トラ男が食事を楽しめて、仲間が褒められている。こんなにも嬉しいことはない。


「おれが淹れても、こうはならないんだよなぁ……。やっぱりサンジはすごいや!」

「そうか」

「こっちもおいしいぞ!ほら!」

「ん……うまい」

「だろー!」


 おれの頭をポンポンと撫でたトラ男と一緒にクッキーを頬張る。可愛らしい動物の形のそれは、主張し過ぎない程度に生姜とシナモンの風味がして、ココアの甘さを引き立てた。


「へへ……」

「嬉しそうですね、チョッパーさん」

「うん!おれさ、みんなと会って初めてココア飲んだんだ」

「そうなのか」

「サンジが作ってくれて……仲間と初めて同じものを口にした。だから思い入れがあるっていうか」


 意外そうなトラ男にくふくふ笑いながら頷く。

 寒さに強いトナカイである自身には、体を温めるための飲み物というのはとても新鮮だった。


「ドクトリーヌと一緒の時はあんまりそういうの飲むってことなかったし、あってもホットワインくらいしかなくってさ。あ、ホットワインってわかるか?こう……朝食べたオレンジの皮とか、果物の切れ端を入れて煮込むんだ。スパイスとかもちょっと入れる。ドクトリーヌ、毎回適当に作るから、その都度ちょっとずつ味が変わってさ!お酒はあんまり得意じゃないけど、ドクトリーヌのホットワインだけは大好きなんだ!」


 舌がピリピリしてちょっと渋みがあって、アルコールと果実の香りが鼻を抜けるそれを、勉強終わりにぶっきらぼうに渡してくるドクトリーヌの優しさがとても嬉しかった。あの頃は当たり前のように飲めたけれど、今また作ってもらえたら泣いてしまうかもしれない。

 そんなドクトリーヌのホットワインともドクターの作ってくれたスープとも違う、甘くてほわほわする素敵な飲み物を初めて仲間と飲んだ時の喜び。



「おれにとって、ココアとホットワインはちょっと特別な思い出の味なんだ。だからブルックとトラ男と飲めるの、なんか嬉しくって」

「思い出の味か……」

「素敵ですねぇ」

「へへっ……なぁなぁ!ブルックは?思い出の味、なにかないのか?」

「そうですねぇ……」


 少し考えるような間の後、カップの淵をなぞりながらブルックは話続ける。


「私の思い出の味は、ウイスキー入りの紅茶でしょうか」

「紅茶にウィスキー入れるのか!?」

「普段は入れないんですけどね。ちょっとだけ長い話になりますが」


 カップをトレーに置いたブルックが、つまらない昔話です、と前置きした。


「私が昔、護衛戦団の団長をしていた頃、王国で作られていたウイスキーがあったんです。フルーティながらも甘過ぎず、奥行きのある味わいと重過ぎない口あたりの両立されたそれは、まあ〜とても人気で!周辺諸国からも人が買いに来るので手に入れるのが難しくて……。そんな貴重なものを、団員達が船出の際にプレゼントしてくれました」


 生前、私が手に入れられたのはその一本だけでした。

 ブルックはヨホホと笑った。


「大切なお酒でしたからね。お祝い事の度に仲間と少しずつ飲んでいたのですが……たまにどーしても飲みたくなった時に紅茶に数滴垂らしていたんです。『いつかまた王国に行くことがあったら、その時は仲間にプレゼントしよう。団員達には旅の話をしよう』って考えながら」


 彼らの、ルンバー海賊団の終わりを知っているおれはかける言葉を失ってしまった。


「……もう、同じ物は手に入らないのか?」


 おずおずと聞くトラ男に、ブルックは小さく首を横に振る。


「ウイスキー樽に使われていた木材の入手が難しくなったらしくて、今残ってるものにもとんでもない値段がついているようですから。難しいですねぇ」


 買ったらナミさんに怒られちゃいます、とカタカタ笑ったブルックの表情に翳りはない。


「いいんです。懐かしいなって、ふとした時に飲みたくなる思い出の味ではありますが。今はルフィさん達と楽しめるものを見つけたいと思ってますので!」

「強いな、骨屋は」

「うん。なんか、うまく言えないけど……かっこいいよブルック」

「そんな、褒められても……伊達に長生きしてませんから私。まぁ、一度死んでるんですけど!ヨホホホ」


 こうして明るく笑うまでに壮絶な想いを抱いたであろう彼が、それでも前向きに生きている。それはきっと、ただ強いよりすごくてかっこいいことだ。そういう大人になりたいなと憧れる。


「それにしてもサンジさんのココア、どうしてこんなに美味しんでしょうねぇ」


 照れ隠しにクッキーをぼろぼろ溢しながら食べるブルックがひとりごちる。


「……おそらくだが、練りココアにしてから淹れているんだと思う」

「練りココア?」

「ココアを牛乳や水なんかと一緒に弱火にかけながら練るんだ」

「あー、なんだか聞いたことありますね」


 トラ男が少しずつ思い出しながら手順を話してゆく。


「手間だが、するとしないとで随分と味が変わる」

「へぇ〜……!トラ男もサンジも、すげーなぁ!」

「トラ男さん、ものしりですね〜」


 ぱちくりと目を瞬かせた彼は、困った顔をした。


「……自分じゃ淹れられない」

「でもすげぇよ。おれ知らなかったもん!!」

「そうですよ」

「……すごいのはペンギンのヤツだ」


 穏やか微笑む横顔にあ、と声を漏らしかける。


「昔、ベポが夜泣きした時にペンギンが作ってたんだ。文句言いながら俺とシャチの分まで。船に乗った後もたまに作ってた。夜番の奴らが随分と喜んでたな……」

「……そのココアが、トラ男さんの思い出の味なんですね」

「そう、だな」


 また飲みてェなぁ。

 ポツリとつぶやかれた言葉は言葉通りの意味合いだけではないのだろう。こっちのペンギンに頼んでも、きっとそれは望んだものではない。

 失ったクルーとのおだやかな思い出は、未だ心を透明にする癖のある彼にとっては色鮮やかな傷に近かった。言いようのない感情を覚え、ぶつけてしまいそうになったのをココアを飲んで押し込める。


「いつか、この痛みなしに懐かしいと思えるだろうか」


 ほのかな灯りのオレンジ色に染まった島を見つめてトラ男が呟く。白い町からは賑やかな声が微かに聞こえて来た。あの明るい声にも傷付いているのだろうか、彼は。

 もういない仲間を幻視して。


「……長く時間がかかってしまうこともあるでしょうけど、きっと。楽しい思い出になるはずですよ」

「そうだな。あいつらだってきっとその方が喜ぶ」

「……そろそろ中に入りましょうか」

「うん」


 胸の痛みと懐かしさ、ほんの少しの寂しさを甘いココアで流し込む。

 肩に積もった雪を払い除けたおれの手を、立ち上がったトラ男がそっと握った。冷たい蹄があたたかなその手に触れて、おれは泣きそうになる。誤魔化すように引っ張って暖房の効いた室内に入った。


「なぁ、トラ男。今度練りココアの作り方教えてくれよ」


 ぱちぱちと音のする暖炉の前に二人で座ってぼうと燃える火を見つめる。


「一緒に作ろう。ルフィたちやハートの奴らにも作ってやろうよ」


 トラ男の思い出とは違う味になるかもしれない。失敗して、酷いものができるかもしれない。それでもきっと、楽しい思い出にはなるから。思い出して辛くなった時にバカやったなと笑ってくれればいいなと願いを込めて。


「うん」

「へへ、約束な」


 ぬくもりが伝わってゆくように。

 心に灯るあたたかさも伝わっていけばいいな。






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