黎明K&D:彼と彼女の数年後

黎明K&D:彼と彼女の数年後

名無しの気ぶり🦊

「ふんふん♪」

「んっ……よしっ♪」


かつて姉弟2人だけで使っていた部屋の片隅で髪を括って楽しげに料理をしているのはダイヤ。

トレセンも卒業してしばらく経つ頃だからか、大人の美女というべき容姿に変化している。

身につけたエプロンもそれを引き立てる。


「あの人の味付けにはまだまだ敵わないけど、きっとあの人好みの味にはできたはずだよね♪」


今はトレーナーを退き警察学校も卒業し警視庁特察課(特殊状況査察課)勤務の景和。

そんな彼が定時前後で帰れない日に限り、通い妻のような形で桜井家に通っては晩御飯の仕込みをしたり衣服の洗濯を請け負ったりしている。


…というのは卒業までの数年、途中デザイアグランプリもどうにか通り抜け景和と歩んできた結果、担当以上恋人未満みたいな関係性になったからというのが根本の理由としてある。


転じて

『どこまでも一緒に歩んでいきたい、可能であれば』

そんな感じの意思がダイヤにはずっとあり、なればこそ卒業したぐらいで景和との関係性を断ち切りたくなく、思いきって打診。

するとすんなり許可をもらえたので、以降は誰に憚ることもなく弾むような気分で通っている。


ピンポーン


「あっ!」

(噂をすれば…♪)


そんななか待ち人来たる。

ダイヤの意中の人の足音が玄関のすぐ近くに聞こえた。


「ちかれた〜」

(今日も頑張ってきたんだなあ…ふふっ♪)


どこか気怠さも混じった声を1人呟いている。

しかしダイヤにとっては聴きなれた嬉しい悲鳴だ。


「はーい♪」

「お帰りなさい、景和さん♪」

「ただいま〜、ダイヤちゃん」


今や警視庁特殊状況査察課の一員、つまりは公僕、国家公務員としてさまざまな超常犯罪の解決に勤しむ青年こと桜井景和のご帰還だった。

今はトレーナーさんではなく、景和さんである。


「特察課のお仕事、お疲れ様です」

「今日は資料の整理が主だった内容だったんだけどこれが意外と難航してさ〜」

(顔は凄くやりがいがあるって感じだなぁ…真面目で優しいこの人らしい)


内容とは裏腹にまだやる気に満ち満ちた声に、景和の人となりを感じられる。

最近の日常と化して久しいが、だからこそダイヤはこうしたやり取りが大好きだった。


「ふふっ、そのわりには…楽しそうですね♪」

「…まあね! 我ながら人材には恵まれた職場に勤務できてるなと思うよ」


特察課は簡単に言えば、ライダーとしての先輩やライダーとの共闘経験がある人材ばかりが揃い、主に超常犯罪を扱い解決する職場。

ゆえに警察内でも輪をかけてなかなか表に功績が出るわけじゃないコミュニティだ。

とはいえ良識や善性に溢れるメンバーばかりなので、そこ所属の警官としての仕事も景和からすれば遠くても明確に夢に近づける気がして居心地良く感じている。


「なら良かったです。とはいえやっぱり疲れてるでしょうし、早くご飯にしちゃいましょう」

「俺が定時に帰れない日はいつも以上にダイヤちゃんにありがとうだよ、ほんと…」


ちなみに今日はダイヤが市場で幸運にも見つけた天然の鰻を一日かけて仕込んだ鰻尽くし定食。


「いえいえ」

(こういう些細なやり取りも…うん、やっぱり楽しいな♪)

(景和さんとその…夫婦みたいに接せてる気がしてっ///)


ダイヤがこういう妄想を気兼ねなくできるようになったことは、ひとえに学生時分からの大きな変化と言えるだろう。

なにせあの頃は一族を蝕むジンクスを打ち破るべく、時に自らさえ追い詰めながら景和の手も借りて勇往邁進していたのだから。


「…うーん、いつも通り、いやいつも以上に美味しかったっ♪」

「! ありがとうございますっ♪ 今日は疲れてるでしょうし、手早く力がつく献立にしてみたんです」


景和がいつもより忙しなく帰ってくるのではというダイヤの推察と献立が上手く噛み合い、今の景和はさながらエネルギー充填率120%とでも言うべき元気さ。


「うんうん、毎度ながらダイヤちゃんの推察力には恐れ入ります」

「えへへ♪ 好きな人のことだと、ついついいろいろしたくなっちゃいますっ」

「お仕事を頑張られてきた日なら…なおのこと!」


あの頃の凛々しさと可憐さ溢れたダイヤは鳴りを潜めたかというぐらい遅まきながら恋に恋する、意中の殿方に一途に尽くす大人のウマ娘がそこにはいた。


「ありがとう。にしても警察の仕事でなかなか料理について教えられてないのに、俺に余裕で迫っちゃうぐらいの上達っぷりはやっぱり凄いなぁ」


景和としても、料理でもその他の私生活でもこんな自分を慕ってどこまでも追いかけ支えてくれるダイヤには内心ずっと頭が上がらない。

トレーナー時代と立場が逆転しているが、それさえ心地良かった。


「わあ…そこが実は心配だったんですが、"先生"にそう言ってもらえると自信になりますね♪」

「よしてよもう〜♪」


「あっ警察と言えば、一つ聞いてみたいことがあったんですが」

「なになに〜、ダイヤちゃんのお願いならなんでも答えちゃうよ!」


そしてそんなタイミングで何か思い出したのか、ある質問をダイヤは景和にぶつける。

ダイヤといるときは決まって上機嫌な景和は快くOKした。


(可愛いなぁ…)

「ありがとうございます、じゃあ早速」

「景和さん…いえトレーナーさんは何故私のドリームトロフィーリーグへの移籍を期に警察学校に、そして私の卒業と共にトレーナー業を辞めて警察に入ったんですか?」


そんな景和を愛でつつ問うたことと言えば、なぜ自身の移籍から程なくして警察学校に入学したのか、延いては卒業とともに警察に入職したのかというもの。


「あっそう言えば、しばらく実質家族みたいに暮らしてるのに言ったことなかった!」

「はい。気にならないぐらい景和さんとの毎日が幸せなので、私も最近まで気にしていなかったんですが」


今さらと言えば今さらなのだが、ダイヤがこう言うように景和と過ごす毎日が堪らなく愛おしく多幸感に満ちていたからか、最近までは本当に疑問にさえ上がってくることもなかったので仕方がないことなのである。


「そうだね〜……うん、端的に言えば支える側からしっかり守る側になりたかったから、かな」

「守る側ですか?」


その問いへの回答は…彼なりの決断に触れたそれだった。


「うん。トレーナー時代はダイヤちゃんに頑張ってもらって俺はあくまで支える側だったじゃない?」

「私はそんな気はなかったですけど…」


というのもトレーナー時代、自身はサポートするばかりで肝心要の苦しみはだいたいダイヤに向かってしまう現状を当時喜ばしくは思っていなかった。

ダイヤはあくまで景和に支えてもらっていた認識だったので、実はあの当時認識の相違があったということになるがそんなのは些末な問題。

…というかダイヤは内心はほとんど気にしていないので問題でさえない。


「ああごめんごめん。とにかく、そんな認識で生きてきて、なんとなく世界平和を夢に掲げながら」

「そんななかデザイアグランプリに巻き込まれる形で参加して、途中ケケラの仕業もあっていろいろあっていろんな願いを見てきて…」


…あの戦いの日々は確かに景和の胸に焼きついている。多くの願いが、それを叶えたいと願う誰かがたくさんいたことも無論忘れていない。

自分たちもその渦中にいたことさえあるのだから。


「────漠然としたままだった夢を、少しでも形にしたい」

「大切な人を見たり支えたりするままじゃなく、守りたい。それがきっと世界平和を叶えることに繋がるはずだ」


──そして願った。

世界平和を具体的に叶えたいと。デザイアグランプリに頼らず、されど周りは頼りながら実現したいと。


「スエルをやっつけたあと、そう感じるようになったからなんだ…」


────そんな願いが、デザイアグランプリに1年間参加し、同時にサトノダイヤモンドという1人の少女を3年間導いた桜井景和という青年が…あの時分に導き出した結論だった。


「なるほど…トレーナーさんなりにあの時期を経て熟考されたすえの志望だったんですね」

「うん、お気に召したかな?」


…それを聴き終えたダイヤはというと、どこか澄んだような表情を浮かべていた。


「…もちろんですっ♪」

「良かったあ〜」


つまり納得したということである。

彼女も景和共々デザイアグランプリにその運命を翻弄された身であるがゆえに、そうなるのに掛かる時間なんて数秒で十分だった。


「きっとそうなんじゃないかなとは薄々思っていたんですが、貴方の口から直接聞いてみたかったんです」

「今の幸せを私にくれている、景和さんに…」


…というか、元よりそんな予想も実はしていた。けれど意地悪というかいたずら心というか、愛しい人に存分に甘えられる今を活かしながら聞いてみたく、ゆえにわざわざ問うたというわけである。


「ダイヤちゃん…ありがとうっ♪」

「わわっ⁉︎ き、急に抱きしめないでくださいぃ〜///」


そんなことは知らないけれど、ダイヤを可愛いと思う気持ちあればこそ、そんな彼女を景和は強く抱きしめる。

彼女が照れてしまうのも気にならず。


「…嫌だった?」

「嫌じゃ、ないです…むしろ、嬉しい、ですっ」

「大好きな人からのハグ…なんですから///」


無論抱きしめられた側も何も思わないわけはなく。唐突とはいえ、常日頃頭に浮かぶぐらいには慕っている彼からの抱擁に喜ばないサトノダイヤモンドというウマ娘ではない。


「…あと、一つ」

「何?」


────そして、些細なお願いも同時に脳裏に去来する。


「世界平和のために私たちを守ることに邁進され、それを大切にされるのは大いに結構です」

「────ただ、私との日常を過ごすことももっと同じくらい大切に…してほしいです、できれば」


世界平和という夢になんとなくではなく、確かな決意とともに望む景和を喜ばしく思いつつ、されどそうなることで発生してしまう彼との掛け替えのない日常をもっともっと享受したい、1分1秒でも長く。


「ダイヤちゃん…」

「貴方をこの世界で2番目にお慕いしている者からの…些細なわがままですっ」


それが、ふとした質問という閃きに導かれた末にサトノダイヤモンドという1人のウマ娘が思いついた細やかな願いだった。


「ダメ、でしょうか…?」

「…ううん、全く!」


もちろん、景和もこれを断るわけはない。世界平和もダイヤも、どちらも同じぐらいには当然ながら大切なのだ。


「全力で善処させていただきますっ!」

「やったあっ♪」


ならば今以上に身を粉にして頑張ろうと、そういった決意表明をしてみせる。

聞き取るダイヤの声も思わず弾み、いつも以上に朗らかに。


「これからは今以上に忙しくなるなぁ」

「頑張ってください、私もずっとお支えしますから!」

「うん!」


だからこれからの毎日、今より忙しなくなっても景和は苦しくはないし、ダイヤもまたそんな彼を今以上に支えたいと、慈しみたいと願うのだった。


「けーわ〜、ダイヤちゃーん〜」

「あっ、この声は義姉様!」


そんな折に響いたのは沙羅の疲労に満ちた声。彼女もまた一日重労働を終えてくたくたのようである。


「声からしてだいぶ張り切ったのかな、行こうダイヤちゃん!」

「はいっ♪」


そんな姉を放っておくわけもなく2人は沙羅を玄関に迎えに行き、以降しばらく3人で団欒。

そののちに景和が駅までダイヤを送り届けた。


────これが、彼と彼女の数年後の日常に纏わるとあるエピソードってわけだ。

いつだって…見守ってるからな。


「英寿さ〜ん!」


おっと、あいつが呼んでるな。

じゃあな、これを見届けてくれた皆。

諦めなければ、どんな願いも幸せも叶う…忘れんなよ♪

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