「新潟のシリコンバレー」の名付け親

「新潟のシリコンバレー」の名付け親

Shiro Sugisaki

 約一年半前、教師として新潟市から十日町市に移住することになる。十日町は意外と家賃が高いなということで、偶然にも大地の芸術祭で出会った十日町の人に「安くていい場所はないですか?」と聞いて紹介された先がギルドハウス十日町。


 当時のギルドハウスはまだ二階が完成されておらず、なかなかの建設発展途上。

しかしパーリー建築や若い起業家、入れ替わり立ち替わり老若男女、外国人まで人が目まぐるしく行き交う人情交差点である。その時の自分は性格上ここにはまだ住めないなと悟ったり諦めたり、人には向き不向きがあるんよね。

 ただ、そこで生活する人を見ていて「今を楽しそうに生きている人が集まっているんだな」と感じたのが第一印象。

 出会いで人生なんか大きく変わることを体感して今まで生きていたので、「本能的にここは良い場所なんだろうな」と思った記憶がある。

 しばらく仕事で顔を出す機会が減っていたが、今年の春以降は週一程度でギルドハウスの住人感を演出しながらちょくちょく遊びに、時に仕事について話をしに、果ては面白い出会いを期待して顔を出すようになる。ギルドマスターの理念に共感しながらマスターの手のひらで踊っていた。

 感じたことで言えば、この場所は新しいことを始めるのに適している。様々な専門分野を持つ若手クリエイターや、イベントの仕掛け人がここに集まり話をする。アイデアを出し合い肯定的で建設的な会話が目の前で展開される。あぁビジネスってこんな感じで始まるんだ、と目の前での実践例を見せつけられながら完成するまでを垣間見ることができた。ここはアイデアが具現化されやすい土壌なんだな、と。人とアイデアが行き交う場所は、自分もアイデアがあれば社会へ働きかけることができるのではと思える、そんな刺激を強く受けられる場所なのである。ギルドマスターの理念の一つらしい。

 ちなみに一般的な新潟県民の場合は、新たなビジネスで起業したいと言えば大体否定的な意見を出す。理由は前例がないからとか、そこに託けて自分の意見をさもそれが社会と言わんばかりに袋叩きにする構図があったりなかったり、あっても仕方なかったり。まぁそういう文化的なアレは今日の題から外れるのでここまで。


 そんなこんなで私もギルドハウス十日町を肌で感じた結果、三年程妄想しながら温めていたビジネスを一度ちゃんと形にしてみようかと思い、今年の一月から本格的に活動を始めたのである。


 そして10か月後、

 第四銀行様×新潟三越伊勢丹様主催のビジネスコンテストから最終選考に残る連絡が入る。拙いプレゼン内容だったけど、どうやら主催者様の意図に偶然上手く適合していたんじゃないかな。

 ここで伝えたいことは、ギルドハウス十日町で様々な人に出会わなければ、妄想のビジネスアイデアが形となって社会の矢面に立つことは永久に無かったということ。

 ビジネスコンテストにアイデアを送った後に、出し終えた安堵感からギルドマスターの顔を見ながら「ここって新潟のシリコンバレーみたいだね」とふわっと口から出ていた。そうするとギルドマスター名物「子どものような満面の笑顔」を見せながらとても喜んでいた。多分、少しだけマスターと気持ちが共有できたんだろうなと、勝手に受け止めた。

 「想像を超える、新潟がある」それはここがその一つなんだと思う。

 新潟県では他にまだ出会ったことがないから、きっと県内でも稀有な環境じゃないかな。まして十日町という新潟県民でもなかなか行く機会のない土地に唐突に生まれたんだから。日本海側の文化では良い方向で異質な存在。


もし、自分の可能性や社会への見聞広げたいなら、是非ギルドハウス十日町へ。


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