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"それなら、今この場で新たに誓って頂けますか"

「何を?」

"復唱して下さればいいです"


ぐらぐらと揺れる身体を何とか叱咤し立たせながら、玲王は吸血鬼と会話を続ける。

気持ち悪い、動悸が激しい、倒れてしまいたい。だけど、そうすると凪が危ない


「分かった、から。凪からどいてくれ」

"誓いが先です"


マントの内側から古い紙を取り出し、吸血鬼はそれを掲げる


"本当なら私の屋敷で静かに愛を誓うための物だったのですが、仕方ありませんよね。この世に二つとないこの契約書、今ここで使いましょう"

「何だよ、その契約書って」

"お守りみたいなものです"


吸血鬼に抑えられながら、凪は契約書の持つ今までにない異様な雰囲気を感じ取っていた。

見抜く目に関して、凪は純粋な妖怪のそれを超える。そんな彼だからこそ分かるのだ、この契約書の恐ろしさが


"続けて。『九尾の狐は、永遠に吸血鬼を愛し、そして離れず、婚姻を結ぶ事をここに誓います』"

「き、九尾の…」


(駄目だ、レオ)





「止めて!!」


吸血鬼を欺くため、心にもない誓いを口にしようとした矢先、それを凪に止められた


「この契約書の前で誓ったら、一生それを破れなくなるよ。だからダメ」

「一生って、そんなの」

"この犬が言っている事は本当です。でも何の問題も無いでしょう?これはあなたから言い出した事なのですから"


吸血鬼が契約書を玲王の眼前へと突き付ける。そこには、玲王が声に出した『九尾の』という文言が刻まれていた。この場でペンを持っている者など誰もいないのに、だ。おそらく二人の言っていることは本当なのだろう


「なんだよコレ…!」

"嫌ならこの犬を処分するだけです"


たじろぐ玲王を見て、吸血鬼は凪の首に手を掛けて絞め始めた


「かはっ…ぐ、うぅ」

「やめろ!分かった、言うから!」

"なら早く続きを"


苦しそうに呻く凪の声に、焦りが募る。言わなければ、誓わなれば。だけどそしたら、俺達の夢はどうなる?


「九尾の狐は、え、永遠に吸血鬼を、愛し、そして、離れず」

「…やめて、レオ」

"うるさい"


首を絞められながらも、玲王を止めようと何とか声を搾り出した凪に、苛々としながら吸血鬼は手の力を強める


「待て、言ってるだろ!?凪に危害を加えるな!」

"さっさと言い終えてください。この犬が命を落とす前に。それがあなたの願いでしょう"



残酷な二者択一を迫られた玲王は、凪と契約書を交互に見ながら、打開策を出せずにいた。


早くしないと凪が、でも、誓ってしまったら二人の目標が、約束が、でも!


「こ、婚姻を結ぶ事を、ここに」

「嫌だ…レオ、やだ、お願い、やめて」


血が足りなくて頭が回らない。吸血鬼の考えた誓いの言葉を復唱していると、首を絞められているというのに凪が必死になって止めようとしてくれていた。

だが、そうやって足掻けば足掻くほど吸血鬼の抑える力は強くなり、タイムリミットはどんどんと縮まる


(コイツの言いなりになりたくない。でも、凪が居なくなるのが一番怖い)


───だから


「誓います」


言い切ったと同時に契約書が輝く。古ぼけた紙に、玲王が言葉にした誓いが刻まれていた


『九尾の狐は永遠に吸血鬼を愛し、そして離れず、婚姻を結ぶ事をここに誓います』


"ああ…!"


感極まった様子で吸血鬼は凪の上から退き、玲王へと駆け寄って抱き寄せる。

抱きしめられた玲王は光を纏う契約書をぼんやりと眺めながら、虚しさと凪が助かった事への安堵で気持ちがぐちゃぐちゃになっていた



"あなたを信じて良かった、やっぱり最後には私を選んでくれたのですね"


先程の鬱屈とした様子とは打って変わって眩いばかりの笑顔を浮かべる吸血鬼は、玲王の顔を両手で柔らかく挟みながら自分の方へ向け、慈しむ様に頬を撫でた。


(あんな事して無理やり言わせたクセに)


こっちは今この瞬間湧き上がる奇妙な愛情が、本来持っていたものなのか契約書による強制的なものなのかすら分からないのに、一人だけ楽園でも見つけたように嬉しそうな吸血鬼が心底憎かった


"私を愛していますか?"

「……ああ、うん」


問いかけに対しどうでも良さそうに返す玲王。そんな言葉にすら舞い上がるような笑顔を浮かべる吸血鬼。

そして、散々絞め上げられた首を抑えながら生理的なものとそうでないもの両方の涙を零す凪


「レオ…」

"さぁ行きましょう、今度こそ二人で幸せになるのです"


凪の声に被せるように、吸血鬼がそう言った。どうやら別れの挨拶すらさせてくれるつもりは無いらしい。

今まで凪に沢山迷惑を掛けた。最後の最後まで守られてばかりだった。その事を謝りたい、でも、無理だろうな




「だぁー、何これ修羅場OK?」



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