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命のぬくもり、生きる実感 猟師の背中、娘に見せたい

2017-01-03 朝日新聞

digital.asahi.com/articles/DA3S12730491.html


毛皮から肉片をナイフでこそぎ落とす。たき火で温めた湯で何度も洗う。シカの皮は弾力があり、分厚く重い。利用できる「革」に変える「なめし」の作業だ。


昨年12月中旬、うっすらと雪が積もる岐阜県郡上(ぐじょう)市の山あい。狩猟関連イベントを企画する会社「猪鹿庁(いのしかちょう)」が、皮なめしツアーを開いた。「脂を残さずに」「力を入れすぎないで」。代表の安田大介さん(37)が男女22人に助言する。真冬のテント泊、費用は約3万円。それでも、ほぼ定員となった。


シカは、安田さんらがワナで捕まえたものだ。


郡上に移り、「猟師」になって3度目の冬。道を覚えるために、何度も山に入った。時々連れていく長女みこちゃん(1)は、「シカ」という言葉を覚えた。会社勤めを続けていれば、まだ言えなかっただろう。


高層ビルが林立する名古屋駅近く。トヨタ自動車の子会社でカーナビのデータを作成していた。好待遇で安定した生活。空調が行き届いたオフィスで、パソコンに向かう日々だった。


妻(37)から妊娠を告げられたのは2014年の初夏。結婚して4年、待ち望んでいた吉報だった。新しい家族を迎える準備は整っている。なのに、膨らんでくる妻のおなかを触るたび、焦りが募った。



椎名誠の私小説「岳物語」の中で、雑誌の仕事で琵琶湖に釣りに行く椎名に、長男の岳が言う場面がある。「いいな、大人はな」「仕事で釣りができるんだものな」。翻って自分はどうだ。パソコン画面上でデータを積み上げる毎日。利用者の顔も思い浮かばない。


金曜日の夜、テントを背負って自転車に乗り、山に向かった。空気で膨らませるボートで川を下った。河原で拾ったシカの角を手に、思った。


つまらなそうに仕事に向かう姿を、生まれてくる子に見せたくない。


「幸せにするからついてきて」。猛反対する妻を説得し、14年9月に郡上に来た。選んだのは、名古屋に高速道路で行け、山と清流があったから。猪鹿庁の前身のNPOに入った。


初めて仕留めた獲物のぬくもりは手に残っている。雪に脚をとられたイノシシの子ども「ウリ坊」だった。素手で捕まえ、ナイフを腹に当てて引くと、湯気が立ちこめた。かじかんだ手で内臓に触れると、やけどしそうに感じた。「命をいただくからこそ、命と向き合わなければいけない」。持ち帰り、肉もレバーも、心臓も食べた。


郡上でも獣害は深刻だ。かわいいウリ坊も成長すれば田畑を荒らす。サルはカボチャをつまみ食いし、シカは稲を踏み荒らす。いま、農家が仕掛けたワナにかかった獲物を仕留めるのも仕事の一つだ。


狩猟の裾野を広げようと、ナイフづくりやシカのさばき方などの企画を年20回ほど行う。登山やキャンプといったアウトドアの延長にあると伝えたい。かつての自分のように、悶々(もんもん)とした日々を送る人に野生のリアルさに接してほしい。


収入は半減し、働く時間は増えた。妻は今も納得していない。それでも、生きているという実感がある。



昨年11月下旬の早朝、石川県加賀市の林道脇。吉田さくらさん(40)のワナに、体重60キロ程のオスのイノシシがかかっていた。この日は誕生日で、予期しないプレゼントになった。


半年前にワナと銃の免許を取って初めての獲物。苦しませないように、一発で仕留める。命を奪うという緊張感のなか、銃の引き金を引くと、強い反動が体を突き抜けた。かつて取り組んだ格闘技では得たことのない感覚だった。


大学時代は柔道で全国2位、レスリングでも4位。ケガで引退したが、09年に総合格闘技に復帰した。


11年3月、試合に向かう途中の東京・練馬駅で揺れに襲われた。東日本大震災。津波で車が流され、火が上がる映像が、頭から離れなくなった。こんな時になぜ格闘技なのだろう。自分を強く見せたいだけのように思い、引退を決めた。


夫の宜正(よしまさ)さん(40)が営む加賀市の接骨院を手伝うようになり、客から獣害の話をたびたび聞いた。「私が退治したい」。狩猟の道に入った。リングから離れて5年間がたっていた。


保健所にいる犬を預かる活動もする。友人からは「犬は保護するのに、猟では命を奪う」と皮肉も言われる。困っている人がいるからだと、シンプルに考えるようにしている。


毎朝、自分の手でワナにえさを置く。今日も日の出前に家を出る。


狩猟免許、20代所持が倍増


猟師の数は減少し、高齢化も進む。狩猟免許の所持者数は、1975年度の約52万人から約19万人(2013年度)まで減り、60歳以上が3分の2を占める。一方、割合は低いが、若手猟師は増えている。20代の所持者は5年前から倍増の4200人に。女性も増えている。


猟師の減少もあり、鳥獣による農業被害は深刻で、毎年200億円前後に達する。環境省は13年度末時点で、イノシシは約98万頭、シカは本州以南で約305万頭が生息すると推定する。シカは今の捕獲ペースでは10年後に約1・5倍になるという。クマ出没も相次いでいる。16年度は1万5千件(16年10月時点)の目撃情報が寄せられている。


農林水産省によると、捕獲された鳥獣のうち、食肉に利用されるのは1割ほど。ジビエとして活用しようという動きも広がる。


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