透明人間 第11話
TODA RABA透明の日、Aは少し緊張して眠った。
「さようなら、はじめまして」
無意識領域の掃除が完了し、既にAとBとCの心の準備はできていた。
「待って」
声がして、振り向くとさくらがいた。
「さくら」
Bはさくらに走り寄ろうとしたが、さくらは消滅した。
「元気か?」
向こうで戸田くんが手を振っている。
Cは手を振りかえしたが、戸田くんは消滅した。
「透明な世界では、あらゆる周波数は停止します」
どこからともなく声が聞こえ、そして次の瞬間、肉体の境界線があやふやになり、そして箱の中からAとBとCの意識体が外に出て行こうとしていた。
「ただいま」
次の瞬間、僕は持ち主の肉体に入っていた。
2001年の9月以来、ほんとうに久しぶりにこの肉体に入る。
遠くからなつかしい音が聞こえ、圧倒的な光が僕を包んだ。
目が覚めると、僕はベッドで寝ていた。
AもBもCも消滅していた。
「透明の出口」
僕は声に出して言ってみた。そこには乾いた空気の振動があるだけだった。
「さようなら。はじめまして」
あらゆる周波数は停止し、そして世界は終わったのだ。
そして価値の出現と回転の開始が起こり、僕はこうして体の持ち主のところに帰ってきた。
AもBもCももういない。さくらも、戸田くんももういない。
ただ一人取り残された僕は、これからどこに行けばいいのだろう。
9月5日はとてもよく晴れた日で、僕は自分が失ったこの14年間のことを想った。
僕が生きていたかもしれないこの14年間と、AやBやCが生きた14年間とでは、どちらに価値があったのだろう。
そして僕はそんな平成的な考え方をしている自分に気が付いて笑った。
もうすぐ平成が終わろうとしていた。
「繰り返される輪廻転生の中で、最も満足度の高い人生を選ぶとすれば」
間違いなく僕はこの人生を選ぶだろう。