日曜日の動物園
A僕がその動物園に入社したのは雨が降り続く6月のことだった。
「人間」
そう書かれた案内表示の内側の部屋に、人間のサンプルとして勤務している。
僕はワイファイとインターネットが完備されたその部屋で、だらだらと過ごすだけでいいのだ。
時給は780円。
あまり高いとは言えないが、それでも「何もしないことによって賃金が発生する」という環境に惹かれて応募した。
「志望動機を教えてください」
面接官が瞳の奥を覗き込むような真っ黒な目で僕を見つめる。
「人間とは何か、どこからきてどこへ行くのか、その答えを見つけられるような気がしたからです」
面接官は静かに微笑むと、「面接は以上で終了です」と言って僕を出口へと促した。
「ひとつだけ聞いていいかな?」
面接官は僕の背中に話しかける。
「君にとって、人生とは何かと言われたらなんと答える?」
「虹、ですね。捉えどころのない曖昧さと、絶対的な存在感が同居する矛盾に満ちた美しい存在」
僕は今「人間」という檻の中で、ヘッドフォンで音楽を聴きながらスマートフォンでゲームをしている。
「ママ!あの人ゲームしてる!」
「よっぽど暇なのねぇ」
「あたしもゲームしたい!」
僕は「何もしない」ということが苦痛に満ちた行為だという認識を変えることに成功した。
苦痛の正体は「どの集団にも所属していない」「誰の役にも立っていない」ということだった。
僕は動物園の社員として、人々の「好奇心」を満たしている。
僕は檻の中にある冷蔵庫からバナナを取り出して食べた。
「あー!あの人バナナ食べてる!」
僕は「何もしない」ということによってもたらされる一種の空白が幻想であることを知った。
存在する、ということは、それだけで周囲に影響を及ぼしていることに他ならないのだから。